第9話 美少女と友達になる
俺は約束通り矢吹の弁当箱を綺麗に洗ってから朝教室に入ってからすぐ渡した。
「ありがとうございます。また作ってきてあげますね」
「いや、いいよ。それじゃ矢吹の迷惑にもなっちゃうし」
矢吹は頬を膨らませて人差し指で俺の鼻を指した。
「ダメです!本当に今までと同じような食生活をしていると体調を崩し兼ねません。どうせその調子だと家でもバランスの取れた食生活をしていないと思われますね」
矢吹の全てを見透かすような鋭く細い視線が俺の胸をドキリと高鳴らせる。
夜は案外バランスは取れている。疲労をきちんと取るようにタンパク質と炭水化物は多めに取っている。
いや、肉を食べるだけ食べて野菜を全く摂っていない……。
「あーもう、分かったよ。んじゃまたよろしくな」
「喜んで」
仕方なく承諾すると矢吹も満足そうな笑みを浮かべて答えた。
「翔……って、わり!お取込み中だったか~すまんすまん」
こいつはすぐに人をおちょくるのが得意だな。
「お取込み中ってな……ただ話していただけだ」
伊織はニヤリとした笑みを絶やさずにこちらをまじまじ見ていた。
「やっぱり疑問なんだけど、どうして矢吹さんとぼっちが仲良くなってる訳!?」
田代が目を見開きながら伊織の後ろからスッと姿を現した。未だに俺と矢吹の接点を掴めずに不思議に思っているらしい。
確かに、こいつら二人は俺と矢吹がどういった形で話すようになったのかを知らない。というか誰も知らない。だから俺は毎日の様に獣の視線を感じている。
「えっと、阿良田さん。私、お邪魔になりますか?」
矢吹がチラッと下から覗き込むようにして問い掛ける。
すると伊織と田代が慌てる様にして矢吹に声を掛ける。
「全然!邪魔なんかじゃないよ矢吹さん!」
「うんうん!伊織がこのぼっちに何か言いたいことがあるからってだけで、矢吹さんが気に病むような事じゃないよ!」
二人の圧に押されたのか、矢吹はポカンと口を開けて「は、はい」と少し驚いたような声を上げている。
「んで、何の用だ?まさかしょうもない事だったりはしないよな?」
「おう、当たり前だ!俺がしょうもない事を言うはずがなかろう」
何故だろう。何故こいつは胸を張って誇らしげにしている?今の会話にそんな胸を張るれるような会話はなかっただろうに。
そして伊織はしょうもない事しか言わない男だ。田代との惚気話は勿論のこと、女子が惚れる男の仕草トップスリーや、動物豆知識、そして俺たちの小さい頃のどうでもいい話等様々なしょうもない話をしてくる。
このにんまりとした笑顔はしょうもない会話をする時の顔だが果たして。
「実は……昨日シャリシャリ君三本買って三本とも当たりだったんだよ!やばくねーか!?すごくねーか!?これはしょうもない話には入らないぞ!次元を超えているぅ!」
「いや、しょうもない話だろ。……ったく、お前は子供みたいに無邪気だな、本当に」
伊織はチェッと口を鳴らしてその後もしつこく「すごくね!?」と聞いてきた。スマホの計算機で確率を計算したりと、どれだけ嬉しかったんだ。
しょうもない話だが、確率としては中々のものだった。シャリシャリ君一本の当たる確率は大体、三パーセントと言われている。よくよく考えると、百パーセントの確率で当たりを引いたのはすごい事かもしれない。
だが、ここで称賛すると伊織は調子に乗って更にエンジンを加速せざるを得ないため、あえて言わないようにした。
「おぉ!それは素晴らしいですね!強運中の強運の持ち主ですよ!」
声を上げて絶賛の声を上げたのは矢吹だった。目を輝かせて拍手をしている。
「ち、ちょっと……?矢吹?」
「おぉ!分かってくれるか矢吹さん!すごいことだよな!」
「はい!一本当てるのでさえ低確率なのに、まさか三本全て当ててしまうなんて!」
「いやー!流石としか言えないよ矢吹さん!……それに比べてこいつは『しょうもない』だってさ。ったく、何も分かっちゃいないよな~?」
「その通りですよね。阿良田さんは何も分かっていません。感情が無いサイボーグですよ」
伊織と矢吹は俺をじーっと目を細めて見つめてくる。
「やっぱぼっち~」
流れるようにして、田代も伊織サイドに並んで同じような目を向けてくる。
その光景に俺は思わず大きな溜息をついた。というか溜息しか出てこなかった。
それにしても、こいつら仲良かったのか?話してるところなんて一回も見たことないけど、妙に波長も合ってるし。
「ところで、矢吹と伊織たちってそんな話す仲だったのか?」
俺の問いに三人ともハッと驚くような顔をして目を見合わせる。
「確かに」
「私たち」
「なんか話していますね」
何なんだこの展開は。俺は三人の異様な光景を先程の伊織たちのような細い目で見つめている。
「よし!矢吹さん、俺たちと友達になろう!」
「私も、矢吹さんと友達になりたい!」
伊織と田代の急な申し出に矢吹は少し驚く表情を見せるが、それは束の間。
矢吹は一瞬でいつもの
「私でよければ、是非!友達になって下さい」
「よろしくな、矢吹さん!」
「よろしく矢吹さ……んー。友達になったんだし矢吹さんじゃなぁ……。うーん。あ!琴ちゃん!琴葉だから琴ちゃんって呼ぶね!」
「琴ちゃん……。いい呼び名ですね!気に入りました!私は何て……」
「明日香でいいよ!」
「明日香さん……。分かりました!こちらこそよろしくお願いします。明日香さん!」
俺は急展開すぎて追いつけていなかったが、まぁ人に友達が出来ることは良い事だと聞くからにはめでたいことなのだろう。俺に友達はほとんどいないが。
それにあんな田代の笑顔は伊織といる時以外初めて見た。
「んじゃ、友達になった記念として放課後はカラオケにでも行くかー!」
「さんせーい!」
「いいですね。楽しみです」
「おい、ちょっと待て。俺は……」
「阿良田さんも行かなきゃダメです!」
矢吹が「絶対に来なさい」と言わんばかりの笑みを浮かべながら俺の袖をクイッと引っ張る。
これは断れないと思った俺は仕方なくこいつらのカラオケに同席することにした。
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