第5話 美少女は食いしん坊

 矢吹の衝撃の発言を俺は理解できずにいた。


「俺を……落とす?」


「はい。私は阿良田さんの脱ぼっちタイム作戦を遂行します!そのために私はあなたを落としてみせます!」


 そしてこの日の放課後を境に矢吹はいつも以上に俺に関わってくるようになった。

 

「ということで、一緒に帰りましょう。阿良田さん」


「いや、俺は今日は一人で…」


「いいからいいから、帰るったら帰るんです!」


 強引に背中を押されながらも俺達は何故か一緒に下校することになった。いつもは幼馴染の伊織と月に二度くらいの頻度で一緒に帰っているため、異性の人と帰るのは初めての経験だった。


 夕日を背景にした矢吹は、一段と美しく画になっている。

 女神か?天使か?


「阿良田さんはこうして女子と帰るのは初めてですか?」


「いつもは伊織とたまに帰るくらいだからな。女子と帰るのは初めてだ」


 すると矢吹はおかしなように肩を揺らしてクスクスと笑い出した。


「だと思いました」


 おい、そこは否定するところじゃないのか?まぁ実際誰も俺が異性と一緒に帰ったり等という経験がないということは普段の俺を見ていれば分かろことだろう。


 そして俺たち二人は他愛もない会話をしながら帰った。

 やっぱり誰かと帰るより一人で帰った方がいいな。話しながら帰ることによって普段よりも家に着いたのが十五分遅かった。

 流石に女の子を一人で帰らせるわけにはいかないと思い送るか尋ねたが、矢吹本人が大丈夫だと言ったので、俺は真っ直ぐ家に帰ってきたという訳だ。


 それにしてもやはり矢吹の発言が頭から離れない。


 まさか『私はあなたを落とします!』なんて超絶美少女に言われるとはな。

 大抵の男子であれば矢吹に面と向かってあんなことを言われたらその時点で恋に落ちるだろう。人間には相手から好意を寄せられると自分も相手に好意を抱いてしまう傾向が多々見られる。


 だが俺は違う。正直、迷惑だ。大切な一人の時間を削られるのは辛い。

 俺はこの一人の時間を過ごすことに対して一寸たりとも不満を抱いたことはない。むしろ大満足だ。誰の時間にも従わない、縛られない。こんなの最高に決まっている。


 だから俺は矢吹の恩を心の底から受け取る気は全くない。恐らく『落とす』と言っている以上今後は様々な仕掛けが降り注ぐだろう。まぁ適当に相手をしておけば大丈夫だろう。


 てことで今日は初めて女の人と帰って無性に疲れた体を回復させるため、ガッツリ夕飯を食おう。高校生といえば……ラーメンに限る。


 俺は家から少し離れたところにある行きつけのラーメン屋に足を運んだ。


「いらっしゃいやっせぇぇぇえええ~!」


 ラーメン屋独特のクセのある声が店内に響き渡る。

 そして俺はここでは毎回同じものを注文する。


「へいお待ち!」


 来た来た。野菜マシマシ濃厚豚骨ラーメン(ニンニク大盛よ!)が俺がいつも頼むラーメンだ。

 濃厚な豚骨スープがもちもちの太麺と絡み合って一口食べたら止まらなくなる。更にそこにニンニクのパンチが効いて食べ進めるごとに旨味が増していき、みずみずしくてシャキシャキのもやしがニンニクと豚骨スープのしつこさを上手く中和している。そしてここは学生にはもってこいのラーメン屋だ。俺のラーメンは五百円で食べられる。そして高校生には無料でライスが付いてくるのだ。

 ニンニクの風味を含んだ豚骨スープと白米の組み合わせは異次元の美味さだ。俺が知っているラーメン屋の中では味もサービスも雰囲気もナンバーワンだ。


 黙々とラーメンを食べているとそこに一人の客が来店してきた。


「いらっしゃいやっせぇぇぇえええ~!」


 その客はカウンター席に座る俺の横に座った。


 チラッと見る限り女子高生だ。しかも俺と同じ高校の。一体女子高生が何でこんなガッツリラーメン屋に一人で。


「えぇと……いつもの野菜マシマシ濃厚豚骨ラーメン(ニンニク大盛よ!)の大盛を下さい。あ、あと餃子三つを一皿。あと半チャーハン一つ下さい」


 めちゃめちゃ頼むじゃん。本当に女子高生か?


……ん?この美しく透き通った声……もしかして。


 俺はラーメンを食べるのを辞めて隣の人に顔を向ける。

 そして目が合う


「「……あ!」」


 矢吹琴葉だ。目が合って少し驚いていたが矢吹はすぐに靨を作って可愛らしい笑顔を向ける。


「阿良田さん?まさかこんな所で会うなんて、奇遇ですね」


「奇遇だな……って、何でここにいるんだ!?」


 矢吹は目を丸くして首を傾げる一方だ。


「何でって、ここ私の近所のラーメン屋さんなんですよ。ラーメンを食べたくなったら毎回ここに来てます。行きつけのラーメン屋ってことですね。そういう阿良田さんこそどうしてここに?まぁまぁ家遠いでしょうに」


「何でって、俺もここは行きつけなんだ。小学生の頃に母さんに連れてきてもらってすっかり虜になちゃってな。だから、少し距離があってもつい来ちゃうってこと」


 矢吹はへぇと言わんばかりの表情をしながら首を何度か頷かせる。


 そして俺は一番気になっていたことを突っ込んだ。


「ところで……頼みすぎじゃない?めちゃめちゃ食うじゃん」


「へいお待ち!」


 矢吹のテーブルには先程注文した三つの皿が並べられている。

 矢吹の見た目からは想像もつかない量だ。ギャップが過ぎるだろ。ギャップ萌えと言いたいが、萌え要素が一ミリも入っていない。


「ふふ……びっくりしましたか?私こう見えて結構大食いなんです。調子のいい時だとここにプラス大盛ラーメン一杯いけますよ。ふふふ、我ながらびっくりって感じです」


 自分でも驚くんかい。確かに、完全に独断で決めるが矢吹は上品なイメージが付いていたため余計に驚いた。普段からこれくらいの量を食べているとするのであれば、今の抜群のスタイルを維持するのに相当な努力をしてきたのだろう。

 明らかにこの量を食べる人の足の細さではない。


 そして矢吹はあっという間に全品を完食した。


 胃袋どうなってるんだ?


 会計を済ませると、俺は矢吹に捕まり少々の雑談を聞かされる羽目になった。


「今日もたまたまでしたね。私たちたまたまがありすぎて怖いですよ。もしよかったら今度は一緒に行きましょう」


「機会があればな」


 矢吹は満面の笑みを浮かべながら俺に向かって親指を立てていた。


「さてと、帰りにアイスの実でも買って口直しでもしましょうか。ではまた、阿良田さん」


 手を振る矢吹に対し俺も手を軽く振って別れた。


 それにしても、まだ食うなんて。胃袋本当にどうなってんだよ。

 今日は学校一の美少女の意外な一面を見たな。


 



 

 

 

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