第4話 衝撃の発言
それからというものの、矢吹は俺に話しかけてくるようになっていた。
当然、他の生徒は不思議そうな目を向けている。おまけに
「阿良田さん。これ。クッキーです」
俺が絶賛したからなのか、初めてクッキーを貰った日から矢吹は毎日の様に手作りクッキーを渡してくる。
バター、チョコ、紅茶、コーヒー。クッキーの味も
「羨ましいな、おいおい。あの学校一の美少女から毎日手作りクッキーなんか頂いちゃって」
俺がクッキーを受け取ると伊織がにんまりした笑顔で話しかけてくる。
「お前も田代から貰っているんじゃないか?」
伊織がおどおどしながら耳元で
「それがさぁ、本音を言うと明香里のヤツ料理に関しては全くなんだよ!いつもちゃんと食べてるけど、本当は結構厳しいんだよな~。こんなのあいつに聞かれたりなんかしたら……」
「伊織いる?」
すると廊下の方から一人の女の声がする。
そこにいたのは隣のクラスの
田代も美少女としてこの学校で名を上げている。
淡い桃色の綺麗な髪の毛はよくいるボブカット。スカートからは細い脚がスラッと伸びている。伊織と田代は美男美女カップルとしても有名だ。
いきなり彼女の登場に伊織は一瞬肩をすくめた。
「ど、どうしたんだマイハニー!」
「今阿良田に何話してたのよ。なんか一瞬ビクッてなってたから私に事を言ってたんじゃ……」
「お、俺のマイハニーはめちゃめちゃ可愛いんだぜって話してたんだ!うんうん!そしたらいきなり名前を呼ばれてびっくりしただけなんだ!そうだよな、翔!」
おいおい、俺をお前らカップルの話に巻き込むな。それに「頼む、上手くやってくれ」と言わんばかりの顔でこっちを見るのをやめてくれ。
「惚気話がしつこくてな」
面倒事を避けるため、俺は仕方なく伊織のお望み通りの反応をした。
「なんであいつに私の惚気話をするのよ!バカ……」
田代は俺を睨みつけた後、顔を少し染めながら伊織を軽く叩いた。
「阿良田さん。クッキーどうでした?」
矢吹が俺の隣に腰を下ろして聞いてくる。その光景を目にした田代は目を丸くしていた。
「……え?な、なんで矢吹琴葉が、あんなぼっちと仲良さそうにしてるの?」
当然の反応だ。俺は矢吹に話しかけられるたびに視線を向けられる。
そんな田代には伊織が何とか上手く説明してくれるだろう。少し心配だが。
「コーヒーの風味が口いっぱいに広がって美味かったよ」
「本当?良かったです」
毎回褒めると少し照れ臭そうに笑うこの笑顔がとても魅力的だった。特に、矢吹が笑った時にできる
靨が出来ると同時に笑うと目が無くなる所も可愛らしい。まさかこんな近くで学校一の美少女の笑顔を見れるとは一週間前の俺からは全く想像できなかった。
「阿良田さん……あーん」
突然、矢吹はクッキーを一つ手に取って俺の口許に運んでくる。
……ん?あーん?
あーんって、あの付き合ってる男女が片方に食べさせてあげるあのあーん?
あの矢吹琴葉が?俺に?
周囲の生徒は驚いていた。男共の視線からはかなりの殺意が感じられている気がするのだが。
「お、おいおい!何するんだ!」
「何って、あーんですよ?」
何故そうなったんだ。
「大丈夫大丈夫!いいから!俺トイレ行ってくる!」
俺は慌ててトイレに駆け込んだ。
一体どういうつもりなんだ。まさか、これもこの間言ってた恩返しなのか?だとしたら、この先心臓がいくらあっても足りないぞ。
あんな可愛い人にいきなり『あーん』を迫られたら焦るしかないだろう。
そんな事をずっと考えていると、昼休みの終わりのチャイムが鳴り響いた。
その後の授業も矢吹の『あーん』が頭から離れず全然集中できなかった。
放課後になり帰る支度をしていると、『琴ファンクラブ』の生徒三人が怪訝そうな顔を浮かべながら俺の元へと近づいてきた。
「おいモブ野郎。聞いてんのか?おい!」
全く。帰る支度の途中で話しかけてくるのはやめて欲しい。それに俺はこの時何のことを言われるのか分かっていた。
「こんなモブ野郎に何の御用で?」
俺の発言に三人は分かりやすく
「何の御用で?じゃねーよ。何でお前みたいなヤツが矢吹さんと親し気にしているんだ」
「俺達でさえあんな自然と触れ合えないのによ」
「調子に乗るなよ」
「別に俺は親しくしてるつもりもないし、調子にも乗っていない。あっちが一方的に話しかけたりしてくるだけだ」
「嘘つくなよ。じゃないとわざわざ手作りクッキーを持ってきたりしないだろ」
嘘だと思うかもしれないが、俺が親しくしていないことと調子にも乗っていないということは紛れもない事実だ。
「それも矢吹が勝手に作ってるだけだ。貰わないのは流石にまずいからちゃんともらうようにしているんだ」
三人の中でリーダー的だと思われる男子生徒が顔を
「じゃああの『あーん』は何なんだよ!お前みたいなモブがどうして矢吹さんに『あーん』されるんだよ」
「あれも矢吹がいきなりやってきただけだ。それに俺はあーんされてない。食べてないからな」
しかし男子生徒の表情は全く変わる気配が無い。
「……でもよ!」
男子生徒が立て続けに俺に言葉を向けていると、聞き覚えのある声が俺達の会話に混じる。
「あなたたち、少しうるさいです。阿良田さんの言う通り、全部全部私が一方的に行っている事です。私はただ彼に恩を返しているだけ。今はあなたたちが思っているような関係ではありません。なのでこれ以上阿良田さんに言い攻めるのはやめて下さい」
矢吹の声だ。その声はいつものおっとりした優しいモノではなく、冷徹なモノだった。
そんな矢吹の登場に三人組は慌てて教室を飛び出て行った。
「はぁー。大丈夫でしたか?」
いつも通りのトーンに戻っている。
「あ、あぁ。なんてことはないよ」
「阿良田さんってもしかして口喧嘩強いんですか?さすがぼっちを極め続けた男なだけあります。相手をイラつかせるのが上手なんですね」
クスクスと可愛らしい笑顔を浮かべる。
「俺はただ有りのままの事実を伝えただけだよ。相手をイラつかせる気は一ミリも思ってもいなかったしな」
「有りのままを伝えすぎなんですよ。あんなに『あっちが一方的にやってるだけだ』なんて言われたらこっちだってなんだか悲しくなっちゃいます」
矢吹は口先を尖らせながら最後の方をもごもごと言う。
「でもまぁ、事実だし」
「事実ですけど!悲しくなるんです……事実ですけどね……うん」
なんかこっちが気を悪くしちゃうからやめてくれ。申し訳ない。
……ん?
そういえばさっき「今はあなたたちの思っているような関係じゃない」って言ってたよな?今はって。
「そういえば、さっきの『今はそういう関係じゃない』っていうのは一体……」
俺の問いかけに矢吹は顔を真っ赤に染める。火を噴きそうだ。
矢吹は明らかに焦りを露にしている。
「あ、あぁ!あ、ああ、阿良田さん!?それはあれです!その……」
明らかに様子がおかしい。
しばらくして矢吹は冷静さを保つと咳払いをし話を再開する。
「ゴホン……。阿良田さん?私は恩を返していくって言ったじゃないですか?」
「うん、言ってたな」
「それで……決めたんです」
決めた。一体何を決めたのか。クッキー以外の料理に挑戦することを決めたのか?
「今まで一人の時間を過ごしてきた阿良田さんを、私と……私と二人で過ごす時間を楽しませられるようにします!そのために私が阿良田さんを落とします!それを私から阿良田さんへの恩返しにします!」
「……へ?」
二人きりで残された教室に衝撃の言葉が響き渡る。
その時の矢吹の顔は真剣そのものだった。
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