第3話 美少女の恩返し

「ごめんなさい。急に呼び止めちゃったりして」


「別に大丈夫だけど、どうしたんだ?」


「ちょっとついてきて下さい」


 俺は矢吹に言われるがままに後をついていく。勿論、この状況を目撃している生徒たちは皆同じ顔をしている。

「なんであの陰キャがあの矢吹琴葉と!?」

 ビンビンにその様な言葉が心から漏れているぞ。


 辿り着いたのは屋上だ。俺達の高校は屋上は解放してある。他の高校は屋上は立ち入り禁止の所が多いらしいが、うちに高校は自由に行き来できるのだ。

 屋上の風はとても気持ちがいい。特に今日みたいに雲一つ無い快晴の日は最高の言葉に限る。風に吹かれる矢吹は妙に美しい画になっていたため無意識で見惚れている。


 やっぱ美人は違うな。どの場面でも綺麗だ。特に髪の毛を耳に掛ける仕草には男心をくすぐられる。セミロングはその中でもトップクラスで可愛い。


 そして矢吹は大きく溜息を吐く。


「はーぁ。やっと二人きりになれました。ここに呼んだことにはちゃんと理由があるんですよ?」


「はぁ。んで、その理由は?」


 矢吹はポンと手を叩くと、リュックの中から小袋を取り出す。

 クッキーだ。


「あの……これ。初めてクッキー作ったんですけど。私、料理はあまり得意ではないので上手に作れたかは分かりませんが……」


 へぇ。これは意外なことを聞いたな。一見料理も難なくこなせそうなのだが、まさか苦手だったとはな。


 ……ん?


 待てよ。初めて作ったクッキーを俺にくれるのか?俺が矢吹の初めてを……。

 いやいやキモいぞ俺。何が「初めてを……」だ。


「くれるのか?」


「……うん。昨日、バイトから帰った後急いで作ったんです。恩返しの一部でクッキーを焼こうかなって思って」


 可愛すぎるだろ!何この青春してる感じ。俺に合わなすぎじゃない!?


「そんな。わざわざ手間のかかるクッキーを作ったなんて。そこまでしなくても良かったのに。何なら本当に恩返し何てしなくても……」


「それはダメです!何度も言わせて頂きますが、阿良田さんが私を何らかの形で、たまたまでも助けてくれたことには変わりはありません!だからご恩をお返しするのは当たり前です!」


 矢吹は頬をプクッと膨らませながら言う。どうやら恩を返すことは絶対に譲らないようだ。ならばここはありがたくクッキーを貰っておくか。


「じゃあ……貰っておくよ。ありがとう」


 矢吹は嬉しそうな笑顔で三回程頷く。


「その……ここで食べて頂けませんか?」


 ここは矢吹に従うしか選択は無いだろう。


「お、おう。い、いただきます」


 小腹が空いていたので丁度いいだろう。いいおやつになりそうだ。

 俺は袋の中からクッキーを一枚取り出す。そのクッキーは何とも言えない中々歪いびつな形をしていた。


「そのクッキーは、クマです」


 ……クマ?

 明らかにクマと思われる耳が二つとも無いぞ?単刀直入に言うと、もうほぼ丸の形だ。案外不器用なんだな。


「ク、クマなのか、そうか。じゃ、改めていただきます」


 クッキーの甘い香りが食欲をそそるため、俺は思い切り一口で食べた。

 口の中には程よいバターの風味が一気に広がる。かなり美味い。


「美味い!」


 思わず美味いと言ってしまった。

 すると矢吹はクスクス笑いながら胸に手を当てていた。


「はぁ……良かった。もし不味かったらどうしようってずっと考えてたので安心しました。美味しいって面と向かって言われると、ちょっと気恥ずかしいですね……。でも頑張ったかいがありました」


 その時矢吹が浮かべた笑顔はとても可愛らしく、俺の脳裏にしっかりと焼き付いた。


「すごく美味しかったよ。ありがとう。これで貸し借りは無くなったね」


 何故だろう。矢吹は首を右に傾げていた。


「え?これだけでいいんですか?クッキーだけで?」


「え?クッキーでもう充分だよ」


 矢吹はあまり納得していない様な顔をしている。


「私としてはまだ足りないです……。あの時の男性の方、結構全国的に有名なホストなんです。可愛い子を見つけたら最悪強引にでもお持ち帰りするクズ男なんですよね……。だからそんな人から助けてくれた阿良田さんにはまだまだ恩を返しきれていません!」


 おお、それ相当なクズ野郎だな。いくら何でも強引にお持ち帰りはやばいだろ。全国的に有名なホストだったのか。SNSなんかやってないから全然知らなかった。あ、陰キャバレた。


「でも俺はクッキーで充分満足したからもう平気だよ」


「ダメです!それでは私の気が収まりません!」


 矢吹は一気に距離を縮めてきた。睫毛まつげ長くて綺麗だな。一本万単位で売れそうだ。そしてフルーティーな良い香りだ。鼻腔が勝手に開いてしまう。


「あ!いいことを思いつきました」


 その笑顔は何かを企んでいるような笑みだった。


「今後私は一方的に、自分が満足するまで恩を返していきます。なので阿良田さんは特に何も気にすることなく大人しく私の恩を受け取っていればいいのです!なので何も気をやんだりしなくて大丈夫です。どうでしょうか?」


 つまり無条件で恩を受け取る。俺からの視点だとこうなるのか。別にいいよと言いたいところだが、今までの傾向を読み取ると言っても無駄だろう。言ったら言ったで全力で止めてくるだろう。

 仕方ない。普通に、特に何も気にしないで素直にありがたく恩を受け取ることにするか。


「どうせ拒否しても意味なさそうだし。分かった、それでいい。ただし、俺の愛する一人の時間を全部奪ったりはしないでくれ。もしそんなことをしたら、恩を返すどころか、ただ単に迷惑になるからな」


「分かりました。私なりにご恩をお返ししていきますね」


 こうして俺たち二人は屋上を去ってそれぞれ自分の家に帰った。


 そしてこの時は、今後がどんなことになるのか俺は知る由もなかった。



 

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