第2話 ぼっち少年と親友

 矢吹をたまたま助けた翌日、俺はいつも通り一人で登校し一人で学校生活を送っている。


「今日も一人で寂しそうだな、翔。俺と話そうぜ?」


 気軽に話してきたのは幼なじみの神崎かんざき伊織いおりだ。常にぼっちで生きている俺の唯一の友達と言ってもいいだろう。

 伊織は俗に言う塩顔男子と呼ばれる綺麗な顔立ちをしている。


「やめてくれ、俺は今眠いんだ。寝かせてくれ伊織」


「んなこと言ってないでさ〜、寝不足はお前自身のせいだろ?」


 ぐっ……。まさか伊織に正論を言われるとは、何とも屈辱的な。


「いつもいつも授業中に寝てる奴に言われてもなんの説得力も感じられないぞ」


 伊織はビクッと肩を震わせてヘラヘラと笑いながら必死に言い訳になる言葉を探している。図星か、相変わらず分かりやすいやつだ。


「あれは、あれだ……その、精神を集中させて……瞑想めいそうだ、瞑想!だから寝てるわけじゃないからな!勘違いはよしてくれ翔くんよ」


 必死に考えて出てきた言い訳がそれかよ。もっとまともな言い訳があったと思うが、何故「瞑想をしていた」で通れると思ったんだ。


「いいから放っといてくれ」


「いいや、ダメだ。俺はお前に話したいことが……」


 伊織がなにか言おうとした瞬間、横から聞き覚えのある透き通った声が耳に入ってくる。


「あの……阿良田さん……」


 矢吹琴葉だ。やはりこうも近くで見ると可愛すぎる。昨日と違って顔のパーツがよく見える。

 右目の下にホクロがポツンとある。そして髪の毛はやはり艶があってとても綺麗だ。そんな美形に俺は少々見とれていた。


「阿良田……さん?あのー……」


 俺はハッと我に返る。

 他の生徒たちは当然の反応を見せていた。そりゃそうだろう。学校一の美少女がぼっち少年の俺に話しかけているのだ。

 さっきまで俺の前に座っていた伊織もニヤニヤした笑みを浮かべながら忍び足でその場を去っていった。


「あ、あぁ。何か用か?」


 矢吹は俺が言葉を返すとホッとしたように胸を撫で下ろしていた。


「はぁ……やっと気づきましたか。何か用って、昨日のことについてに決まってるじゃないですか」


昨日。あぁ、そういえば俺はたまたまこの超絶美少女を助けたのだ。恩返しなんかいらないのに。


「あー、昨日のことね。いや大丈夫だよ。あれは本当にたまたまが重なって助けたことになってるだけだから。俺の意思で矢吹を助けられた訳でもないのに、恩を返してもらうなんて悪いよ。釣り合わないからな」


「そんなこといってもダメです!たまたまだとしても私が阿良田さんに助けられたことには変わりはありません。何か恩を返さないと私の性にあいません。だから恩返しさせてもらえませんか……?」


 俺は改めて矢吹が何故人気なのか分かった気がする。矢吹はきちんと恩を返したり、「ありがとう」や「ごめんね」等といった言葉をきちんと相手に伝えられる内面も評価されているからだ。それにとてもおしとやかで話しやすい。

 そして可愛さも半端ない。これは男の弱点を見抜いている。上目遣いでの「恩返しさせて……?」は反則だ。そして右目下のホクロが妙に存在感を露にしているため、胸が高鳴る。


「分かった分かった。じゃあ有難く恩返ししてもらうよ。でもちょっとした恩返しだいいからな?何か高級な物のプレゼントとか明らかに釣り合わない恩は受け付けないぞ」


「はい。ありがとうございます。では、これで」


 そう言いながら琴葉は友達の所へと去っていった。

 

「おいおい、翔!お、お前、あの矢吹琴葉と何があったんだ!?」


 伊織がスっとまた前の先に座って問いかける。


「何があったって。昨日たまたま矢吹がナンパされている現場に遭遇して、たまたま一緒にいた警察官がナンパしてた男を追いかけて、何故か俺が警察を呼んで助けたって展開になったんだ」


「なんだそれ。たまたまどんだけ重なっとんねん!」


 本当にそうだ。なんでこんなにたまたまが重なったんだ?一日経った今でもあの重なり具合は怖いくらいに不思議だ。


「まさか一番無縁だと思ってた翔があの矢吹琴葉と関係を結ぶなんて……。正直羨ましいぜ、相棒」


「お前には田代たしろ明香里あかりという名の大切な彼女がいるだろ」


「へへっ、そうだった。うん!やっぱ明香里がナンバーワンだ!明香里しか勝たん!そうだ翔聞いてくれよ!昨日の帰り明香里とデパート行ったんだけどさ……」


 始まった。伊織の大惚気話だ。全く興味が無いのに毎回聞かされる。だから俺は毎回適当に頷きながら聞き流している。


「もうね、可愛すぎたんだよ!」


「やっと終わったか」


「お前も彼女作れよ!彼女はいいぞー?あ!なんなら思い切って矢吹琴葉のこと落としちゃえば……!」


「お前はバカか?彼女は作らないけど、いきなり矢吹なんて、ハードルが高いとかそんなもんじゃないぞ。俺が手を出したら周りの男子に殺されるぞ」


「あー、確かに」


 逆にそうなるだろうとは思わなかったのか。

 それに俺は彼女なんて真っ平御免だ。彼女が出来てしまったら……あ、出来てしまったらなんて……そんな上から言えないや。言い直そう。

 彼女がいたとしたら自分の時間を削って一人の時間を過ごせなくなる。それに金銭面でもピンチに陥る。学生にとって金欠は地獄だ


「まぁ、もしいつか彼女ができたらちゃんと報告しろよな!絶対彼女の存在のありがたさを知るぞ」


「何年待っても来ないと思うけど待ってろよな」


 そう、俺は青春には不向きな人間だ。俺が彼女を作るなんてありえない。俺は今までずっと一人の時間を大切にして満喫してきたんだ。人間関係を持つとしたら伊織との友人関係で充分だ。なんだかんだ言って伊織は良い奴だ。こんなぼっち生活を好む俺と友人でいてくれるだけで良い奴だとしか思えない。他の人たちは皆俺が『ぼっち』だからという理由だけで距離を置いていた。でも伊織は違かった。


 だから伊織との関係を良好に築いていければ俺は満足だ。


 そして六限目までの授業を終えた後、俺は矢吹琴葉に教室に残っていてくれと急に呼び止められ残っている。


 



 


 




 


 


 

 

 

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