第4話「後輩」

「千南さん、どこ行くんですか?」

「ちょっと後輩があなたに用があるらしくてね。」

「後輩、ですか?」

「じゃ、私はここで」

「ちょっと待ってくださいよ!」


千南さんに連れられて、俺は後輩の教室のある一つ下の階に向かった。


すると、明るい髪色でちょっと幼い雰囲気の少女が気になった様子でこっちを注視してくる。

「神尾先輩?」

「うん、そうだけど......」

「私、岸根 香園(きしね かのん)。岸根って呼んでくれると嬉しいにゃ」

「よろしくね。 で、呼び出した理由って?」


岸根ちゃんは、おもむろにスマホの画面を俺に見せた。


「実は、このゲームを最近始めて、一緒にやる友達が欲しいなって思ったのにゃ。それで、千南さんが神尾先輩を紹介してくれたってことなのにゃ」

「えっ? そのゲームやってないよ」

「あれ? カバンにそのキーホルダーつけてるから、やってると思ったのにゃ」

「あ、これ友達からもらったやつで何だかわからないまま付けてただけだよ」


 どうやら、カバンに付いているキーホルダーがそのゲームの物だったらしく、それで千南さんが俺がこのゲームをしてると思ったらしい。けど、このキーホルダーは弘明寺と遊んだ時にもらった物で、俺は何のゲームかもわからないまま、その場のノリでカバンに付けてずっと放置していた。


「そういうことだったのにゃ〜。まあこれも何かの縁かもしれないし、一緒に遊びに行こうにゃ」

「えっと、どこいくの?」

「まあまあ、ついてくるのにゃ〜」


 俺は岸根ちゃんにつれられ、教室を出た。


外へ出ると、冬と言わんばかりの冷たい風が吹く。長袖のパーカーを羽織って丁度いいくらいだ。


「うにゃ〜、寒いのにゃ〜」

「寒いなぁ、ちなみにどこへ向かおうとしてるの?」

「最近駅前にできた喫茶店しらないかにゃ?」


そういえば、学校に向かう時、駅の改札を出ると真新しい喫茶店をがあった。たぶん、岸根ちゃんが言っているのはそのことだろう。


「名前は思い出せないけど、なんかあった気がするね」

「喫茶ブルーハワイだにゃ! 最近SNSで話題の......」

「あー思い出した思い出した。あれね、かき氷のシロップまでは覚えてた!」

「とりあえず、さっさといくにゃ」


 青線学園から少し歩いた場所にある、上大岡駅に向かう。

周りには高層ビルがそびえ立っていて、どれだけ高いのかと見上げてしまうくらいだ。

駅前の信号を待っていると、夕日は間もなく沈みそうになり、街灯が光を灯し始め、街が夜の顔へと変貌していく。しかし、人の波が止まる気配はない。夜になっても眠らない、そんな街だ。


「ほら、こっちだにゃ」

「なんか、めっちゃおしゃれな外観だね。」


 そうこうしているうちに、目的の「喫茶ブルーハワイ」に到着した。

お店の外観は英国紳士がティータイムをしていそうな落ち着いた佇まいで、高校生からすると少し入りにくさも感じてしまう。岸根ちゃんが喫茶店の入り口のドアを開けると同時に、チリンと鈴の音が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 店に入った。外観同様に内装もとてもおしゃれで、こんな自分が入っていいのかという気持ちになる。店内はこじんまりとしているが、お店にはそこそこ人がいる。とりあえず、空いてる席に座ることにしよう。


「あのパンケーキ美味しそうだにゃ〜」

「確かに美味しそうだね。じゃあ一緒にパンケーキ頼もうか」

「すみません、パンケーキ2つお願いします。」

「はーいすぐ行きます」


 なんだろうか。聴き慣れたというか、なんだか聞いたことのある声がする。記憶をもとに考えれば、この大人びた声、おそらく千南さんだ。確認するために振り返ってみた。


「おまたせしましたー。って、神尾くん、それに岸根ちゃん。こんなところでなにしてるの?」

「いやいや、千南さんこそ何してるんですか」

「私はここでバイトをしているのよ。とりあえず、恥ずかしいからパンケーキ食べてすぐ帰って!」

「千南先輩、一応お客さんなんだからもっと丁寧に対応したほうがいいと思うにゃ......」


 しばらくすると、パンケーキがテーブルに来た。運んできた人は千南さんではなかったので、おそらく恥ずかしくて厨房に篭っているのだろう。もう待ちきれないので。パンケーキにありつくことにした。


「いただきます」


 口に入れた瞬間、パンケーキは姿を消したかのようにとろける。バターの風味も効いてきて、上にかかっているメープルシロップの甘みをさらに引き立てる。口の中が幸福感でいっぱいになり、右手に持つフォークも勢いが止まらない。神隠しのようにあっという間に完食してしまった。


「神尾先輩、すぐに食べ過ぎだにゃ〜。もっと味わって食べればいいのに」

「ごめんごめん、美味しすぎて止まらなくなっちゃった。」


 とても美味しかったのは、千南さんの俺に対する甘い誘惑なのだろうか。幻聴かもしれないが、厨房の方から千南さんの喜ぶ声が聞こえた気がする。そう考えているうちに、岸根ちゃんも食べ終わった。千南さんに何を言われるか分からないので、食べ終わって急いで店を出た。駅まで歩いて雑談していると、最寄駅の話になった。


「岸根ちゃんは最寄駅どこなの?」

「私は戸塚だにゃ。神尾先輩はどこなのかにゃ?」

「えっ!隣駅じゃん!俺は踊場だよ。」

「やったー!じゃあ一緒に帰れるにゃ」


 駅に着くと、湘南台行の電車がちょうどやってきたので乗った。席は空いていたので、隣に座ることにした。

 しばらくして、電車に揺られたからか、岸根ちゃんがうとうとして、ついに眠ってしまった。俺はそこまで眠くないので、岸根ちゃんの寝顔を見ていた。すると、電車の減速で、岸根ちゃんが俺の肩に寄っかかった状態になってしまった。周りの目が気になる罪悪感と、岸根ちゃんと密になる幸福感が戦っている。いけない。こんなところで岸根ちゃんに恋したら、港南ちゃんとは一切付き合えなくなってしまう。俺は心を鬼にして、岸根ちゃんを起こすことにした。


「ふあぁ...... あれ? もしかして寄っかかってたにゃ? ごめんにゃ......」

「おはよう。もうすぐ戸塚だよ。」

「教えてくれてありがとうにゃ。今度また遊ぼうにゃ!」


 戸塚駅に到着した。岸根ちゃんとはここで別れて、次の踊場駅へ電車は向かう。電車は徐々にスピードを落とし、あっというまに踊場駅に到着した。

 それにしても、岸根ちゃんが肩に寄っかかったことがとても心残りだ。そう思いつつ、俺は家へと帰った。

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隣の港南中央ちゃん! なっかのう @ekiben_kuitaina

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