第6話 解決と謎 

 二階の書斎はエルリオの記憶に馴染みのある場所だった。なぜ、どうしてという疑問は尽きないが答えを教えてくれる相手はいない。

 心の中でため息をつきつつも、手を動かす。


「一番ありそうなのはここですが、反応はどうで……」


 後ろにいるはずのイリスに声をかける。しかし、反応がない。振り返っても廊下を見てもその姿はない。

 手分けをして探そうと言ったわけではない。イリスがはぐれたのだ。図書館でも話を聞かずに先にドラゴンのもとに行った。町の入口でも先走って町に入った。手のかかりそうな護衛なのは薄々感じていたが、まさかここまでとは。


 本を物色する手を止める。イリスを探しに行こうと部屋を出た。

 静寂に包まれた洋館内。どこか懐かしさを感じる場所に突然轟音が響く。音は一階からしたようだ。

 音を聞いた瞬間、エルリオは走り出した。


 階段を降り、一階に出ると、ちょうど階段の横に人一人分くらいの大きな穴が開いていた。さっきの音はここからしたらしい。

 キィと音がなる。ふと見ると階段の横にある扉が開いた。


 エルリオは扉と大穴を交互に見る。

 罠か否か。考える時間はあまりない。姿の見えないイリスはおそらく空いた穴の先にいる。そして扉の先と穴の下はおそらく繋がっている。

 扉を開く。先は暗くなにも見えない。

 腰から羽ペンを取り出し、炎と光の文字を宙に書き出す。


『呼び起こすは炎 現すは光 暗闇を照らし我が道を切り開け』


 詠唱をすると、手のひら大くらいの炎が現れる。ふわふわと浮かび、真っ暗闇な扉の先を照らす。

 扉の先は下に降りる階段となっていた。エルリオは躊躇うことなく歩を進めた。


 闇の奥から物音が聞こえる。何かがいるのは間違いない。

イリスか別の何かか。確かめるためにも歩みを止めない。


真っ暗闇な扉の先の階段を降りていった先にあったのは、部屋だった。そこにいたのは巨大な植物の魔物。蔦にからめとられていたのは、気を失った灰色の髪の女。


 その姿を視認した瞬間、エルリオは灯り代わりにしていた炎を植物の魔物へと向けた。魔物は弱点の炎を浴びせられて怯む。


『呼び起こすは風 現すは刃 眼前の敵を切り刻め』


 詠唱によって現れた風は刃と化し、魔物の体を切り刻んでいく。そして、イリスが捕らわれている蔦も切断する。

 宙に放られたイリスの体をエルリオは受け止める。呼吸もしていて怪我は見当たらない。ひとまず安心する。


炎と刃で怯んだ魔物は、エルリオに向かって吠えたかと思うと、無数の蔦を向けてきた。

 イリスを抱き止める手に力が入る。


「これでも護衛対象なんでな。きちんと守らせてもらう」


 手に持つ羽ペンを魔物へと向ける。書き起こすのは業火の文字。


『焼き尽くせ』


 現れた炎は魔物に向かうと、先程の炎とは比べ物にならない勢いで、その体を焼いた。悶え苦しみながら、魔物はその姿を塵へと変えていく。その姿と入れ替わるようにして床に何かが落ちる。

 イリスの体を近くの机に寄りかからせて、その紙を拾う。書かれていたのは魔方陣。ここにあったものか何者かが仕掛けたのか。怪しいのは、一週間前に訪れたという末裔の配偶者。ともかく、さっきの魔物が現れた原因はこれだろうとエルリオは目星をつけた。


 机の上には淡く発光している一冊の本。魔道書だとエルリオにもわかった。

 ひとまずイリスを起こすことにして、彼女の肩に手をかけた。


 ***


「……い。おい、起きろ」

「うっ……」


 揺さぶられる感覚を感じてイリスは意識を取り戻した。


「あれ、エルリオさん。なんで……」


 ぼんやりとした意識が覚醒して、エルリオの姿を捉える。


「そうです、何かに足をとられてそのまま落ちて……」

「怪我は?」

「いえ、どこも痛むところはありません。幸いでした」


 エルリオから巨大な植物の魔物に掴まれて落ちたであろうこと、気を失っていたことを教えられる。


「また、助けてもらってしまいましたね……ありがとうございます」

「別に。護衛対象だから。それだけだ」

「あれ、エルリオさん、口調……」


 少しの変化だったが、イリスは見逃さなかった。


「あんた相手に丁寧でいるのもバカらしいと思ってな。それに」


 言葉を崩したエルリオをぽかんとして見ていると、彼はギラリと睨んできて言葉を紡いだ。優しくしてくれていたのが噓のように冷たい。


「先走るわ勝手にいなくなるわ、こっちの手間も考えろ」

「それは……すみませんでした」


 エルリオにかけた迷惑を考えて気を落とす。


「これからは気をつけます」


 立ち上がると、机の上に発光した本があることに気づいた。


「エルリオさん、これ」


 懐のシェルシの書が熱を帯びる。見ると、今までで一番濃く赤く光っている。これは間違いない。


「そうだ。俺たちが探していた魔道書」


 これを止めれば町から出ることができる。魔道書も回収できる。

 シェルシの書を持つ手が震える。ゆっくりと封を解きページを開く。

 机にある魔道書にシェルシの書が触れる。心の中で念じると、シェルシの書の輝きが増した。

 それとは反対に魔道書の光はだんだんと小さくなり、やがて消えた。


「これで、回収完了ですね」

「戻って外へ出られるか確認するぞ」


 階段を上り、上へと出る。まぶしさに少し目が眩む。

 結局、原因はわかったものの、自然発生なのか誰かの仕業なのかわからない。エルリオに言わせると、一週間前に来たという末裔の配偶者が怪しいのだと言うけれど。

 イリスにとっては、初めての魔道書回収が無事にすんで、それだけでほっとする気分に包まれていた。


 町に戻ると、町民たちが騒がしくしていた。

 子供たちは町の外へと走っていき、大人たちも喜んだ表情を浮かべている。


「おお、あんたたち!」


 町民の一人がイリス達に気づくと、二人の周りにわらわらと人が集まってくる。


「町の外に出られるようになったんだ!」

「あんたたちのおかげだよ、ありがとう!」


 囲まれて口々にお礼や感謝の言葉を浴びる。混乱しながらも、イリスの心の内は暖かなもので満たされた。

 嬉しくなって、町の外へと駆けていく。子どもたちが検問所の辺りで騒いでいるのが見える。イリスもその輪に加わった。

 子どもたちと戯れていると、いきなり頬に痛みを感じた。


「いひゃいれす」

「さっきも言ったばかりなのに、勝手にうろうろするな」

「すみまひぇん」


 謝罪を口にするとパッと手を離された。少し痛む頬を撫でる。


 しばらくすると、町長がやって来た。町民と同様、とても感謝されてその上謝礼を渡された。イリスは受け取れないと断ったが、エルリオが貰っておけというので、素直に受け取ることにした。

 町の出口で町民達に見送られながら、イリスたちは出発した。


 前を歩くエルリオに対して、イリスは思っていた疑問をぶつける。


「エルリオさん、そっちの方が素なんですか?」

「まぁ……いつもはあんな感じだけど、あんた相手には疲れそうだからな」


 歩きを早めたエルリオの不意の言葉に立ち止まる。


「そ、それってどういうことですか!?」


 困惑しながらもその背を追いかけようとイリスは走り出した。

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魔道の蒐集人 悠季 @y_im53

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