第111話 武道大会パート12

  


 ライアーはもう隠れる場所はない。広場の障害物の岩は全てヘラの氷結の矢によって、砕かれてしまった。逃げ場のなくなったライアーの表情は、何故か少し笑みを浮かべていた。



 「ライアー、試合の途中で笑うなんて気がおかしくなったの」


 「全力で戦うのがこんなに気持ちがいいものだと思ったのです。お姉様の攻撃から逃げることしか出来ていませんが、俺は、全力で攻撃をかわしてとても気持ちがいいのです」


 「おかしなことを言うのね。でも、これで終わりにしますわ」



 ヘラは弓を構える。もう障害物がないので、弓の高速連射で、ライアーを仕留めることを確信した。ヘラは氷結の矢を撃ち放つ。


 ライアーは、的を絞らせないようにジグザクに動く。しかし、ヘラの高速の矢は確実にライアーの体をかすめていく。


 ライアーは、自慢のスピードで、前後左右に、素早く避けるが、完全に交わすことができず、ライアーの右肩、左腕、右腿に氷結の矢が刺さる。


 ポロンさんとの特訓の成果もあり、氷かけた、右肩、左腕、右腿も、肉体強化の魔法により、軽い凍傷ですむ。




 「ライアーにとどめを刺せ」


 「あいつは、もう終わりだな」


 「逃げずに戦ってみせろ」



 観客席からは相変わらずヤジが飛ぶ。




 「ライアー、まだ戦うのですか」


 「これくらいの凍傷など平気です。まだ試合は終わっていません」


 「仕方ありませんね」




 ヘラは弓を構え氷河の矢を放つ。氷結の矢よりも強力な矢である。


 氷河の矢はライアーを無慈悲に襲う。


 ライアーは必死に避けた。自分の限界を出し尽くすように、右往左往にがむしゃらに避けた。側から見たらとても情けない姿である。攻撃もせずにただ逃げ惑うだけである。氷河の矢は、ライアーの体に直接は当たらないが、体を何度もかすめている。そのため、ライアーの鎧は、凍りつきまた矢の衝撃で、鎧は壊れボロボロになる。


 それでも、ライアーは必死に氷河の矢を避け続けた。ライアーの体は、凍傷で赤く腫れがり、かなりの痛みがあるのだろう。しかし、ライアーは降参はせずに必死に避け続けた。



 ライアーのみっともない姿に、笑っていた観客も、いつしか、ライアーを罵る声が少なくなってきた。誰が見ても、ライアーとヘラの実力の差は歴然としている。ヘラが一方的に攻撃をしてその攻撃をライアーが逃げているだけである。


 とても試合をしている内容ではない。しかし、凍傷で腫れ上がった体で、降参もせずに、必死に逃げ惑うライアーの姿に、いつしか観客も見入ってしまったのであった。



 「お姉様、俺はまだ戦える。本気でかかってきてください」


 「ライアー・・・どうして、そこまでして、戦うの。もう勝負は決まっているわ」


 「俺は、勝負から逃げないと決めたんだ。勝つとか負けるとか関係ない。自分の全力を出し切りたいんだ。お姉様に勝てる力は今の俺にはない。ならば、必死に避けて、避けて、避けまくる。自分の限界が来るまで避け続けるんだ」


 「・・・わかったわ、ライアー。本気で挑んでいるあなたに手加減をするのは失礼ね。私も本気でいくわ」



 ヘラは、手を抜いていたわけではない。ただ、あまりの実力差があるために、ライアーに降参してもらうおうと、接近戦はせずに弓での攻撃に専念していたのである。


 ヘラが得意なのは、氷魔法を応用した接近戦なのである。


 ヘラは全身を氷でまとう。そして、両手には、2本の氷柱のような剣を持ちライアーに接近する。


 ライアーも、剣を抜き接近戦に備える。


 ヘラの二刀流の氷柱の剣が、ライアーを襲う。


 ヘラの剣さばきに、ライアーはついて行けず、ライアーの体を氷柱の剣が切り裂いていく。ライアーは、妖精の力を攻撃にではなく、全て防御に回して体の回復を優先する。


 しかし、ヘラの猛攻に体の回復が追いつかない。



 「まだだ、まだやれるぞ」



 ライアーは、スピードだけは自信を持っていたが、接近戦では、そのスピードもヘラの攻撃の前では通用しない。


 攻撃を避けるために、素早く逃げるが、すぐに追い付かれてヘラの攻撃が当たる。


 それでもライアーは、諦めずに距離をとりヘラの猛攻を凌ごうとする。



 もう客席からは、ライアーを笑う者はいない。直向きに頑張るライアーの姿は、もうみっともない姿には見えないのである。



 「ライアーお兄様、頑張ってください」



 最初にライアーに声援をあげたのは、オーブリーであった。ついさっきまでは、オーブリーは、ライアーのことを軽蔑していた。いつも口だけで少しも努力をしない兄をオーブリーは嫌っていた。しかし、いくら傷ついても試合から逃げることなく、戦い続ける兄を見て応援せずにはいられなった。



 「ライアーがんばれ」


 「ライアー逃げまくれ」


 「ライアーまだいけるぞ」



 ライアーの直向きに頑張る姿を見て、心が打たれたのはオーブリーだけではなかった。さっきまで、ライアーを軽蔑し嘲笑っていた観客たちが、ライアーを応援し出したのであった。




 「あなた、ライアーが・・・」


 「わかっておる。でも俺たちは応援することはできない」



 アールヴは拳を血が出るくらいグッと強く握りしめていた。



 「まだだ、まだいけるぞ」



 ライアーの体力は限界にきていた・・・いや、もう限界を通り過ぎていた。ヘラの氷河の矢で、全身は凍傷して、そして、氷柱の剣で、体は切り刻まれていた。なので、立っているのが不思議なくらいだった。


 しかし、ヘラは攻撃の手を緩めない。いや、緩めることはできないのであった。ここで、手を抜いてしまったら、ライアーの気持ちを裏切ることになるからである。



 「ライアーお願い。早く倒れてちょうだい」



 ヘラは、込み上げる感情を抑えて、ライアーに攻撃を続ける。



 「ライアーーー」


 「ライアーーーー」


 「ライアーーーーー」



 客席からは、ライアーへの歓声が飛ぶ。しかし、がんばれとは言えない。観客たちも、もうライアーが、動ける状態ではないとわかっているのだから。



 「ウォーーーーーー」



 ライアーは、初めて自分から攻撃を仕掛けた。持てる全ての力を注いで、ヘラに向かって剣を振り下ろした・・・・・・・



 そして、そのままヘラの胸に倒れていった。


 ヘラは、倒れ込むライアーを抱きしめる。


 

 「ポロン・・・ありがとう。お前のおかげで、俺は、全てを出し尽くせたぞ・・・」



 ライアーは、そう言うと気を失ってしまった。


 

 「よくやったわ。ライアー。ポロンもあなたの勇姿をちゃんと見ているわ」




 ところが、ポロンさんは、ライアーとヘラが熱戦を繰り広げていた時、徹夜での特訓で疲れていたので、イビキをかいてお部屋で寝ていたのであった。



 

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