第77話 アビスの過去パート2



 夕食会が終わり部屋に戻ると、アビスはすぐエヴァに手紙のことを確認した。



 「夕食会の時、あの男は、姉上に手紙を渡していたでしょう。すぐに破って捨てましょう」


 「アビス、これは大事な手紙ですわ。それにあなたには関係ないことですわ」


 「いえ、関係ないことはありません。どうせ、手紙を出して姉上を誘って誘惑しようとしているに違いない」


 「アビス、この手紙は、確かに私へのお誘いの手紙ですわ。しかし、私は嬉しいのです。私は彼に会いにいきますわ」


 「ダメです。あんな下等なドワーフの誘いに乗るなんて、一族の名誉がキズつきます」


 「そんなことで、キズつくような名誉などいりませわ」


 「姉上・・・」


 「アビス、部屋に戻ってもらえるかしら、家族でもここは女性の部屋ですわ」


 「しかし・・・」


 「お願いアビス、1人にさせて」


 「わかりました」



 アビスはエヴァの部屋を出て、自分の部屋に戻ることにした。


 しかし、このままでは、姉上はダールルに必ず会いに行くはずだ。それは絶対に見逃すわけにはいかない。しかしどうすればいい・・・そうだ。サンドマンの力で、姉上を眠らせてしまえばいいのだ。そうすれば会いに行くことはないだろう。【アビスはサンドマンと妖精の契約を結んでいる】



 アビスは、サンドマンの力を使って部屋の隙間から、眠りの砂をエヴァの部屋にばら撒くことにした。目に見えない、小さな粒子の砂を少しずつ撒いて、眠らすことした。



 ダールルの手紙には、今夜21時に工房まで来てほしいと書かれてあった。エヴァは、アビスが、必ず邪魔をしてくることがわかっていたので、サンドマンの眠りの砂で、眠らされたかのように寝たふりをすることにしていた。



 「ガタン」



 注意していないと、聞き取れないくらいの扉を開ける小さな音がした。アビスは、それを聞き逃すことはない。


 姉上・・まさか、私の眠りの砂の対策をしていたのか。そこまでして、あの男に会いにいきたいのか。アビスは、怒りのあまり感情を抑えきれなくなってきている。



 「アビス、このままでいいのか。このままエヴァを行かせると、ダールルにエヴァを取られてしまうぞ」


 「誰だ。お前は」


 「俺のことは、どうでもいいだろう。大事なことは、このままエヴァをダールルのもとに行かせるか。それとも、それを阻止するかだ」



 アビスの心に、何者かが語りかける。



 「それは、阻止するに決まっているだろう」


 「お前に阻止する方法があるのか」


 「・・・・」


 「お前が出ていって、エヴァを止めたところで、何も解決はしないだろう。エヴァの気持ちは、もう決まっているのだから」


 「わかっている。それでも阻止しないといけない。エルフが下等で醜いドワーフと婚姻など絶対にあってはいけない。この俺が止めないといけないのだ」


 「それをする覚悟がお前にはあるのか」


 「当然だ。この身を犠牲にしてでも、俺が、あのドワーフから姉上を守ってみせる」


 「いいこと教えてあげよう。お前のサンドマンの力を使えば、あの2人の仲を切り裂くことは簡単だ。ただし、今のサンドマンの力では無理である。お前の体をサンドマンに譲り渡したら、サンドマンの力は進化するだろう」


 「それは、俺にダークエルフになれということか」


 「そうだ。ダークエルフになれば、サンドマンの力で夢の世界へ引きずり込むことができる。そして、そこで悪夢を見せ、それが現実のように思わせることができるのだ」


 「しかし・・・ダークエルフになったら、もう俺はエルフには戻れなくなってしまう」


 「安心しろ、すぐには戻れないが、俺の魔法の力で戻すことも可能であろう」


 「それは・・・本当なのか」


 「信じるか信じないかは、お前次第だ」



 アビスは、怒りのために冷静な判断ができなくなっている。一度ダークエルフになったものが、またエルフに戻れるなんて不可能だ。しかし今のアビスには、エヴァをダールルから引き離すことができるなら、なんでもしようと思っていた。



 「わかった。サンドマンにこの体を渡そう」



 アビスは、サンドマンとダークエルフの契約を交わした。



 「アビスよ、お前の代わりに俺があの2人の邪魔をしてやろう。俺がダークエルフになって、手に入れた、新たな能力『ナイトメアミラー』で、あの2人に、永遠の別れをお膳立てしてやるぜ。お前にも、2人の結末を見せてやるぜ」



 「サンドマン、お前の願いは叶えてやった。あとは、作戦通り任せたぞ」


 「もちろんだ。でもほんとにうまくいくのか」


 「結果などはどうでもよい。ドワーフとエルフが、憎しみあえばそれでいいのだ」





 「ネヴァ王女様、来てくれたのですか」


 「もちろんよ。私もあなたとゆっくりとお話をしたかったのよ」


 「本当ですか。嬉しいです」


 「私も嬉しいわ。あなたに会うために、誕生祭に参加したのだから」


 「エヴァ王女様、昼間に渡しそびれた、ミスリルのナイフをお渡しします」


 「なんて素敵なナイフなのでしょう。こんなに輝いているナイフは見たことはありませんわ。それに柄の模様も精巧に細工されていて、あなたがどれほど時間をかけて、このナイフを作ったかわかりますわ。ほんとにありがとう。私の宝物にしますわ」


 「喜んでくれて、ありがとうございます。あと伝えたいことがあります」


 「どうしたの、そんなに緊張した顔をして、私に何を伝えたいのかしら」


 「エヴァ王女様、初めてお会いした時から、あなたの、誰にでも優しく接する姿に、感銘を受けました。どんな種族にも、分け隔てることなく愛情を注ぐ、女神のような優しさ。そして、女神以上の美貌に驕ることなく、どんな醜いと言われる種族に対しても、絶やすことない笑顔での対応。あなたに会えば会うほど、あなたへの愛は募るばかりです。叶うことはないとわかっていますが、どうしても伝えたいです。あなたを愛している。そして、許されるのならば僕と結婚してください」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「バカかお前は」


 「えっ」



 ダールルの顔は青ざめた。今、目の前にいるエヴァの顔が、今ままで見たことないような、怒りの表情に満ち溢れている。髪を振り乱し、目を充血させ大きく見開いて、恐ろしい形相をしている。



 「下等で、醜いドワーフが、高貴なエルフの王女に求婚だと。少し優しくしてやったら、調子に乗ってほんと笑えるわ。私が、本気でお前を相手にすると思っているのか。外交上、仕方なしに優しく笑顔を振りまいてるのに、本気にするなんて、低脳過ぎて怒りを通り過ぎて、笑いしか出ないわ」



 エヴァはダールルを見下すように、暴言を吐き大声で笑う。



 「エヴァ王女様・・・それが本心なのですか」


 「当たり前だ。私が本気でお前なんかを相手にするわけないだろう。こんなくだらない、センスのかけらもないナイフなんて渡して、私が喜ぶとでも思ったのか。ドワーフが作ったナイフなど、汚くて使えるか」



 そう言うと、エヴァはダールルにナイフを投げつけた。ナイフはダールルの頬に当たり、大きな傷をつけ血が溢れ出る。



 「ウオォォォォーー」



 ダールルは、エヴァの罵声に心が乱れ、頭が混乱している。



 「兄上、これがエルフの本心なのよ。あなたが思い描いていたエルフは、あなたの願望であって、現実はドワーフを見下しバカにする憎むべき種族なの」


 「アウ、違うぞ。エヴァ王女様は心優しいエルフだ」


 

 アウとは、ダールルの妹でドワーフの王女である。



 「兄上、現実を見るのよ。今あなたが見ているのが本当のエヴァの姿よ。あなたを罵倒し、さらにナイフを投げつけてきたのよ。エルフはドワーフにとって敵なのよ。ドワーフの王子として、このままエヴァを誕生祭に、参加させてはいけないわ」


 「私が、クソドワーフの誕生祭に、参加するわけないだろ。明日は、私の合図でドワーフの国を滅ぼすのだ。下等で醜いドワーフなんて国を持つ権利なんてない」


 「兄上、ここでエヴァを仕留めないと、ドワーフの国が滅んでしまうわ。兄上お願い。冷静に考えて、エルフの王女が、あなたと結婚することなんてありえないのよ」


 「・・・・」


 「私を殺すなんて、できるわけがない。私は高貴で美しいエルフだわ。あなたみたいな下等で醜いドワーフが、手を挙げることすら無礼に値するわ。そのナイフで自害しなさい」


 「それが・・・お前の本心だったのか。ドワーフをバカにすることは許さん。お前の見せかけの優しさを信じた俺がバカだった。お前は、弟のアビスと同じだったんだな。俺がお前を殺しドワーフの国を守る」



 ダールルは、ミスリルのナイフを手にして、エヴァの胸を突き刺した。





 「どうして・・・・ダールル」



 ダールルの前に、エヴァが血を流して倒れている。しかし、何かが違うとダールルは感じている。


 ダールルは頬を触ってみる。エヴァに傷つけれらたはずの傷がない・・・



 「どう言うことだ・・・」


 「キャーーー!お兄様・・なぜ、エヴァ王女様を刺したのですか」


 「それは、アウも知っているだろう。お前も望んでいただろう・・・」


 「何を言っているのお兄様、いま悲鳴が聞こえたからここへ来たのよ」


 「ダールル・・なぜ私を刺したの・・・何か理由があるの・・のよね・・あなたが・・私を刺すなんて信じられない・・・わ。アビスの仕業か・・かもね・・ごめんねダールル・・・・あなたを巻き込んでし・・まって・・・でも・・あなたの・・胸の中で・・・死ねる・・のな・ら・・わたしは・・・う・・れ・・・・・・」



 「エヴァーーーーーーーー」



 「俺はどうして、最後まで、彼女を信じることができなかったのだ・・・俺は幻影に騙されていたのだろう。しかし、騙される俺が悪いのだ。どんなことがあっても、彼女を信じる本当の愛を俺は持っていなかったのだ。エヴァを殺したのは、俺の心の醜さだ。あの幻影は、俺の心を映し出したのだろう。俺は、初めからエヴァの優しさをどこかで疑っていたのだろう・・・」



 「お父様、大変です。お兄様が、エヴァ王女様を殺してしまいました」


 


 

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