第76話 アビスの過去パート1


⭐️時は150年前に遡ります




 「姉上、私もついていきます」


 「大丈夫よアビス。ドワーフの国は安全なところですわ」


 「いえ、何が起きるかわかりません。護衛の者だけでは心配です。私が姉上を守ります」


 「お前は、エヴァの心配をしているのではなく、エヴァと離れたくないだけだろ」


 「兄上、そんなことはありません。本当に心配なのです」



 アビスはエルフの第3王子である。姉のエヴァが大好きであり、子供の頃からずっと一緒に育ってきてた。そして、成人しても姉と離れようとしないシスコンであった。


 エヴァは、エルフの第1王女であり絶世の美女と言われ、エヴァに言いよってくる者は後を絶たない。エルフだけではなく他種族からの求婚願いも多い。


 しかも、エヴァは、美しさだけではなく、愛想も良く誰にでも優しい。なので、一度エヴァに会うと、誰もがエヴァの虜になってしまうのである。アビスもその例外ではない。



 「仕方がないわ。アビスにも護衛を頼むわ」


 「任せてください姉上」



 姉上はなんであの醜いドワーフの国なんか行くのだ。ドワーフの王の誕生祭など、他のエルフが行けばいいのに。あのドワーフの王子も姉上にゾッコンだ。会うたびに姉上にいいよってきやがる。今回もかならず、いい寄ってくるに違いない。全力で邪魔をしてやる。



 「姉上、なぜドワーフの王の誕生祭に行くのですか。あの国は料理も美味しくないし、岩でできた町で景観も良くない。さらに醜い種族で酒癖も悪い」


 「アビス、そんなことを言ってはいけません。ドワーフの鉱石を加工する技術はとても素晴らしいですわ。鎧でさえ芸術品に変えてしまう神の手をお持ちですわ。それに明るく元気で楽しい人達ですわ。特に王子のダールルは、王子なのに偉そうに振る舞うこともなく、毎日工房にこもり、鍛治の鍛錬を怠ることがありません。アビスも見習うところがあると思いますわ」


 「そうなのですか。私も日々の剣の鍛錬は、欠かしたことはありません。姉上の剣になりどんな強敵でも倒してみせましょう」


 「そう言うことじゃないのよアビス。あなたは、少し私のことを気にしすぎだわ。もっと広い視野で世界を見てほしいわ」



 姉上は何を言っているのだろうか。俺は姉上のために強くなって、何が悪いのだろうか。姉上こそ、エルフの気品をもっと大事にして、下等なドワーフなど相手にしなければいいのに。




 エヴァを乗せた馬車は、アルフエイム妖王国を出発し、3日間かけてドワーフの国の首都ターニプについた。


 ターニプでは、エルフの国の王女様が来るということで、大勢の市民が出迎えをしていた。



 「あれが、エルフの王女様か」

 「とても綺麗だわ」

 「エヴァ様ー」

 「ターニプへようこそ」



 市民達がエヴァを歓迎する。エヴァは馬車から顔を出して笑顔で手を振る。



 「姉上、ドワーフの市民ごとき相手にする必要ありません。王女らしく、ドワーフの王族だけを相手をすればいいのです」


 「アビス、何を言っているの。王族らしく身分に分け隔てなく接するのが真の王族ですわ。アビスも一緒に歓声にこたえるのよ」



 姉上のああいう態度が困るのだ。誰にでも笑顔で対応するから、平民どもがつけあがるのだ。王族は王族らしく、威厳を持って対応しないといけないのだ。



 「私は遠慮しておきます」


 「そうなのアビス・・・残念だわ」



 馬車は町に入りドワーフの王族が住む王宮に向かった。


 ドワーフの首都ターニプは、全てが石で出来ている。ドワーフは、石の加工も得意であり、家から王族の住む王宮まで、全てが石でできているので、他の国のような華やかさはない。



 エヴァを乗せた馬車は、王宮につき、ドワーフの王のもとへ案内された。



 「エヴァ王女様、お久しぶりです。今回は私の誕生祭に出席いただいてありがとう」


 「こちらこそ、お呼びいただいてありがとうございます」


 「長旅でお疲れであろう。お部屋を用意しているので休んでください。明日の誕生祭までは、自由にお過ごしください。わからないことがあれば、息子のダールルに聞いてください。エヴァ王女に会えるのを楽しみにしています」


 「わかりました。私も久しぶりに、ダールル王子に会えるのを楽しみにしています。今は工房にいてるのかしら」


 「あやつは、ずっと工房に居てます。今は、エヴァ王女様のためにミスリルのナイフを作っているところです。おっと、これは内緒の話しでした」


 「ほんとに、プレゼントしてもらえるのですか。ミスリルはかなり希少価値の鉱石であり、加工も難しいと聞いています」


 「気にしなくても大丈夫です。エヴァ王女様のために、あいつ自身で鉱山に入って見つけ出した素材です。素直に受け取ってあげてください」


 「もちろん。喜んで受け取ります」




 姉上は何を言っているのだ!確かにミスリルのナイフはかなり貴重な武器だ。しかし、明らかに下心が丸見えではないか。物で釣られるなんて姉上らしくもない。



 「姉上、そろそろ、部屋に行きましょう。王様も忙しいと思いますので、長話は誕生祭の時でよろしいかと思います」


 「そうですね。では、これで失礼いたします」




 「姉上、これからどうしますか。夕食会までは、まだ時間があります。部屋でゆっくりと休みますか」


 「工房に行ってくるわ」


 「姉上・・・・あんな汚い所へ行くのは、おやめください」


 「あなたには、あの工房の良さがわからないの。それなら、私は1人で行ってくるわ」


 「お待ちください。いくらこの王宮が安全だと言っても、1人での行動はダメです。私がついていきます」




 エヴァは、ダールルに会いに工房へ向かった。後を追うようにアビスも工房へ向かう。



 王宮には、ダールルのために作られた立派な工房がある。ダールルは、この工房を市民達に解放して、誰でも使えるようにした。そのため、この工房にはいろんなドワーフ達が集まり、ドワーフの国で1番技術の高い工房になったのである。



 「みなさんお久しぶりです。お酒を持ってきたので、少し休憩にしませんか」


 「エヴァ王女様・・・・」


 

 いきなり、エルフの王女が工房に来たので、工房内のドワーフはビックリしている。その中でも1番驚いているのはダールルである。


 「エヴァ王女様、このような暑くて汚いところへ来てはいけません」


 「何を言ってるの、ダールル王子。こんな素晴らしい工房に来なくて、どこへいけばいいのよ」


 「さすが王女様わかっているね。ドワーフの国で、1番素晴らしいのはこの工房で間違いない」


 「そうですわ。だからじっくりと、見学させてもらうわ」



 エヴァは、ドワーフの職人にお酒を配り、職人達と工房について、楽しく話しをしている。



 姉上、何をしているのだ。あんな下等なドワーフにお酒を配り話し相手になるなんて・・王族の権威が下がってしまう。早くここから連れ出さないと。



 「エヴァ王女様、実は渡したい物があります。奥の部屋に来てもらってもいいですか」


 「おっ、あれを渡すのだな」


 「おい、黙ってろ」



 「あら、何かしら。楽しみだわ」


 「姉上、いけません。もう戻る時間です。帰りましょう」


 

 俺は引っ張るように、姉上を強引に工房から連れ出した。これ以上、あの汚い工房に姉上を置いていくわけにはいかない。



 「アビス、何をするの。せっかくダールル王子から、プレゼントもらえるところだったのに。邪魔しないでくれる」


 「もう戻りましょう」



 俺は、姉上を強引に部屋に戻した。これで、あの王子も諦めるだろう。

 

 しかし、ダールルは、どうしても、エヴァにプレゼントをして、打ち明けたい気持ちがあったので、夕食会の時に、そっと手紙を渡し夜に工房に来てもらえるようにお願いした。



 しかし、それをアビスは見逃さなかった。



  

 「あの男、姉上に対して、何をしている・・・絶対に許さん」

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