第3話 再会

「ふぅー、飲んだし食った。川も近いから魚に肉に山菜、なんでもありの夕食だったな。山の中もあって少し肌寒く感じるな、もう一度温泉入ってから寝るとするか。」

暁は、ほろ酔い気分でタオルを持ち温泉へと向かった。

「おや、お夕食はいかがでございましたか?」

脱衣所に入る前の休憩スペースで、スタッフに声を掛けられた。

「いやぁ、旅先をここにしてよかったですよ。美味しかったです。」

「満足いただけましたか。ありがとうございます。お酒の入った状態での温泉はくれぐれもお気を付けくださいね。」

「そうですね。気をつけます。」

宿のスタッフの言う通りだと思いつつ、暁は脱衣所で浴衣を脱ぎ、水を一杯飲んでから温泉へと入った。

頭の上に畳んだタオルを乗せながら、暁は今日の旅の出発からこの時間までに自分が見てきたものを思い起こしていた。

途中駅弁やソフトクリームを無邪気に食べたりもしていたが、やはり一番はあの湖だ。

「あの湖は、やっぱり格別だったな。ここ数年見て回っている景色の中でも最高かもしれない。あの青みがかった鏡のような感じは、いつまでも見ていられるな。まぁ、明日には帰路につかなきゃだけどな。ははっ。」

少し諦めたように乾いた笑い方をした後、暁は温泉を後にした。


「ここに、、、ここまで来て、、、私を見つけに来てくれたのよね?」


また、あの夢だ。今日はいつもと彼女の言葉が違う⁉ いつもは、「見つけて」ではなかったか⁉ ここまで来た? まさか、彼女は今日ここにきていることを知っているのか? 


次の瞬間、夢の中の景色が現実かと見紛う程はっきりとしたものに変わった。

あの湖の対岸、燃えるように紅く色づいた紅葉の樹々の中、彼女があの紅い瞳でこちらを見つめているではないか!


「わぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


暁は、叫びながら夢から覚めた。身体中汗で濡れ、動悸は激しく、手には力が入り、今の今まで自分が見ていた夢が信じられなかった。


「あの湖だ。彼女は、あの湖にいるんだ。対岸で彼女が待っている。」


時計を見ると、時刻は朝の4時前。もともと6時前に散歩する予定だった。それが少し早くなりすぎたと思えばいい。今からあの湖に行かねばならない。

なぜか、暁はそう感じた。どうせこのまま寝続けれる気もせず、普段なら不気味なはずの夢も、驚いたものの不思議なことに、今回は不気味さをそれほど感じなかった。それどころか、彼女の瞳には、何かを切望しているようですらあった。


暁は、服を着替え、宿の玄関先で眠たげな受付スタッフに少し出てくることを伝え、

暗闇の中、なかば躓きかけながら息を切らしながらも全速力で湖に走った。


暗闇を進み、あの湖が広がっていると思い道を抜けた先、急に明るくなり暁の目に入ってきたのは夢の中で見た通りの燃えるように紅く色づいた紅葉の樹々だった。


そして、あの彼女と視線があった。


「やっと見つけてくれた。長かった、、、。あなたはいつになったら来てくれるのか、そればかり思う日々。まだ思い出せない?30年、あなたにとってはどうでもいいことだったのかしら、、、。」


「あ、、、君は、、、その、、、」


「そう、思い出せないのね、、、。ねぇ、こっちに来て私の手を取って、私にとっては、それだけでいいの。もう一度、手を取ってくれれば、私はそれだけで満足、、、。あなたの人生の中に、確かに私がいたということだけ残せれば、それでいいの、決してあなたに迷惑を掛けようなんて思ってない、だから、、、。」


暁には、なぜか彼女の言葉には嘘がないものと思えた。定期的に夢に現れた、不気味な女のはずではあるが、今こうして直接現実で言葉を交わすのであれば、今までこれほど真っ正直に心に訴えてくるような言葉を投げてくる存在には、出会ったことがない。子供のころの両親に抱かれたときの暖かさのようなものさえ感じる。

立ち入り禁止の柵を越え、暁は一歩一歩と湖の浅い部分を選びながら彼女の方へ近づいた。膝上まで濡れるのなんて構わなかった。彼女のまわりの紅葉からは、色だけでなく本当に燃えているのかと思えるほど熱が伝わってくる。ただし、火傷するような熱ではなく、包み込んでくれるような温かさの熱だ。


「はぁ、はぁ、、、、。君は、いったいなんなんだ。」

「両手を出して?」

暁は、言われたまま両手を彼女に向けて出した。彼女は、深呼吸しつつ両眼を閉じ、暁の両手を握った。

「思い出して、ここには、あなたと私がいたことを。そして、、、。」


------------

ある晴れた日、数十組の家族ずれが、そこにはいた。

「はーい、皆さんご家族で苗木を1つお持ちですかー? 今から、植樹体験会をはじめまーす。今回、皆さんに植えていただくのは、皆さんも秋には紅葉で見ることが多い、イロハモミジです。何年か先のきれいな紅葉を見れると思って、今日は気軽な気持ちで植樹体験を楽しんでくださーい。それではまずはじめに、、、、」


「暁、お父さんが苗木用に穴を掘るから、お母さんとしっかり植えるんだぞ。」

「お父さん、この木、どれだけ大きくなるの?」

「そうだなぁ、暁が大人になったときよりもこの木は背が高くなるだろうな。」

「じゃあ、またその時にみんなで見に来ようよ。」

「そうだな、秋に紅葉を見に来よう。」

「わかった、絶対今日のこの木を見にね。約束だよ。僕、しっかり土で根本を固めたから、どんな台風が来ても倒れないから、僕が大人になった時にもしっかり立っているよね。」

「ね、そうだよね!」

小さな暁は、両親に同意のつもりで聞くというよりか、紅葉に対して約束をしているようでもあった。

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暁の脳裏に直接過去の光景が流れ込んできた。

「そうだ、、、父さんと母さんと子供のころにここにいたんだ。そして紅葉を1本植えた。僕が大人になったら、また来ようって約束をして、僕よりも大きくなった紅葉を見るんだって、、、そうか、君は、あの時の紅葉なんだね。いつか来るはずだった僕を僕たち家族を待ってくれていたのに、君が立派に育ったというのに、いつまでも僕たちが来ないから、、、そうか、ずっと待っていてくれたんだね。それなのに、僕は今日この時まで、君を忘れていた、、、。ごめん、、、。」


「あやまらないで、どうしてあなたがここを忘れてしまっていたのかもわかっているつもり。あんなことがあったのなら、忘れてしまいたくなっても仕方がないわ。あの時、ほんのひとときしか一緒にいなかった私にすら、あなたがどれだけ両親のことを大好きだったのかわかるもの。」

そうだ、あの植樹体験会の後、僕たち家族を乗せたツアーバスは峠を降りている途中で転落事故にあったんだ。乗客約50名中、生存者はわずか数人。僕の両親は助からなかった。というか、遺体は見つからなかった。事故のあと、親戚のもとで高校まで過ごした僕は、あの事故以前の記憶が定かではなくなってしまった。幸い、僕を引き取ってくれた親戚が本当の両親のようにあたたかく育ててくれたから、本当の両親のことを閉じた記憶を遡ってまで、深く思い出さずに済んだのかもしれない。


「だからと言って、君が約束を覚えていたのに、僕がすっかりなかったことにしていたことに変わりはない。まさか、ずっと待っていてくれたなんて。あの時だけの関係のわけもわからない人間の家族が植えただけだと言うのに、、、」

「えぇ、確かにあの時の私にとっては、ただただ人間の家族にもといたところから別のところに植えられただけにすぎなかったわ。周りに同じ時期に生まれた紅葉が一緒だったのは、幸運だったかもしれないけれど、でも、あなたを待っていたのは本当はそれだけではないの、あの事故のあと、あなたの両親の遺体は見つからなかったのはなぜか、私は知っているの。」

「なんだって、僕の両親がどうなったのか知っていると言うのかい?」

「あなたの両親は、転落した後、なんとかあなたのところに戻ろうと必死に道を戻ろうとしたの、でも途中で道に迷ったようで、たどり着いたのがここだったのよ。そして、ここに着いた時点でお父さんは力尽きてしまったわ、お母さんも生きているのが不思議な状態。そんな状態の中、お母さんは私に近づいて来たの、正直こわかった。昨日まで笑って楽しく話していた家族のうちの2人が血だらけで私のところに来て、1人は死に1人は苦しく顔をゆがめながら、でも眼だけには力を宿して私に近づいてくるのよ。でも私の目の前にお母さんが来たとき、私はちっともこわくなくなっていた。あなたのお母さんが、私に何を伝えに来たのかわかったから、、、。」


「なにを、母さんはいったい何を君に言い残したんだ。教えてくれ。」

彼女は、少し間をおいてからまだ握ったままの暁の両手を温めなおすかのように握り直し、彼の母が絶命の間際に何を伝えたのか続けた。

「あなたのお母さんは、最後の最後にこう伝えてから、息を引き取ったわ。」

”ねぇ、お願い。もしあの子がいつか大人になってからここに来たら、あなたの精一杯の紅葉を見せて、あの子のそばに私とあの人がいなくても寂しくならないように、

いっそ両親のことを覚えていなくてもいいようにしてくれないかしら。小さな紅葉さん、あの子と約束してくれたように私とも約束してくれないかしら?”

”いいよ”

”ありがとう。小さな紅葉さん”

「だから、毎年私は紅葉の時期になったら盛大に真っ赤になってあなたを楽しませられるように頑張ったわ。本当は、あなたが来てくれるのを待っているつもりだったんだけど、あなたは本当に忘れてしまったようで、いつまでも来ないのだもの。もういじけてしまって、いつの間にか時期に関係なく紅葉状態にすることもできるし、あなたの夢の中に出ることだってできてしまうようになってしまった。まったく、まともな紅葉とはかけ離れてしまったのに、どう責任とってくれるのよ。でもね、本当にあなたのお母さんの最後の言葉は、何も知らなかった小さな私にとって、人間の母親の愛の深さを知るには、充分だった。だからこそ、私はここまでしたの。」

「母さんは、最後まで僕のことを考えてくれていたんだね。」

暁の目からは、熱く堪え切れなくなった涙がとめどなく流れていた。

「えぇ、そうよ。無理やりな呼び出し方をしたこと、私こそ謝らせて、このままあなたが来ないままだとしたら、あの母の愛をどうすればいいのか、私には分からなかったの。ごめんなさい。」

「いや、君のほうこそ謝らないでほしい。ありがとう、ここまでしてくれて、、、感謝しかない、、、。君とここ一面の紅葉は、僕の人生において最も美しい景色だ。たとえこの先、どんな景色をみたとしても、これほど心を揺れ動かされることはないだろう。ほんとうに、ありがとう。」

暁は、たまらずその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。

「ありがとう、ありがとう、、、、、。二人とそして君との思い出を思い出させてくれて、、、。もう大丈夫だから、僕は、ちゃんとやっていけるから、お父さん、お母さん、、、」

しばらくして、落ち着きを取り戻した暁が顔を上げると、そこには彼女の姿はなかった。周りの紅葉も昨日訪れた時と変わらず、紅葉などしていなく、暁は立ち入り禁止の柵の手前で立っていた、、、、、、。


その日、暁は最終のバスが来るぎりぎりまで、湖とその対岸の紅葉を見つめ続けた。どんな些細な部分も記憶の中にとどめ続けるような強い視線だった。

去り際に、彼の耳に「またね。」と聞こえたようだが、空耳だったのかもしれない。


数年後、暁には日本人には珍しいきれいな紅い瞳の娘ができたらしく、彼の伴侶は年に1度決まった時期にいなくなるそうだが、どこまでが本当かは定かではない、、、、、、。

























































暁の脳裏に直接当時の光景が次から次へと流れ込んできた。























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