第2話 呼び水
「見つけて、見つけて、見つけて、、、私を、、、。」
いつも同じところで目が覚める、、、。彼女はいったい誰なんだ、今まで会ったことないはずなのに、、、。
黒髪ショートで丸く大きな紅い瞳が印象的な彼女、、、。正直好みではある。
その彼女が、たまに夢の中に現れては、「見つけて」と語りかけてくる。好みの女性であることを除いても不気味だ。普通、同じような夢みるか?
毎日というほどではないが、前は月に1回程度だったのが、最近じゃ週に1回は必ずだ。頭でもおかしくなってしまっているのか、、、。まさか、それはないと思いたいんだが。あぁ、週末は久々に一人旅計画しているのに、こんな変な気分じゃリフレッシュできないじゃないか。
「考えても仕方ないか、とにかく今日も会社に行くか。」
土曜日
「ピピピッピピピッピピピッ」
「よし、昨日残業で遅くて心配だったが、目覚ましとおり起きれた。」
それなりに疲れが残っている状態だが、これから1泊2日の旅行でリフレッシュできると思えば、些細なことだ。
目的地までは、電車とバスでおおよそ6時間。移動時間だけでかなりの時間を費やすが、大学時代から一人旅のほとんどを公共交通機関を使うことが多かったため、今では普段乗らないタイプの地方の鉄道に乗るのも旅の楽しみとすら感じている。
今回の目的地は、山間のとある湖とその近くにある温泉だ。ガイドブックによれば、湖は透明度が高く、鏡のような水面で、対岸の樹々の緑を鮮明に写し出すことから、訪れたものに息を呑ませるほどだとか。
「湖と宿以外は、ほかに見るものもない場所だから、宿につくまえに湖をみて、明日の朝日が昇る前に、もう一度静かなうちに湖を散歩がてら見てみるかな。今日は、宿で酒をしこたま飲んで、明日は、最終のバスまで自然を満喫してやる。」
目的地に着くまでの間、音楽を聴きながら、次から次へと後方へ流れていく景色を眺めながら、暁は、学生時代や新入社員時代、今のように仕事がつらくない楽しかった時期を思い出していた、、、。
「お客さん?終点ですよ。起きてください。」
どうやら、眠りこけてしまったようだ。気づけば、今回の湖と宿屋に一番近いバスの終点まで来てしまっていたようだ。
「あぁ、運転手さんすみません。おります。ありがとうございます。」
「いえいえ、旅行ですか?湖しかありませんが、絶景ですので楽しんで。」
地方ならではのトークを入れてくれるあたり、この運転手は人がいいな。普通、都会のバスや電車で、わざわざこんな説明はしてくれない。そう思いつつ、暁は運賃を運転手席横の運賃箱に入れて、バスを降りた。
バス道から少し歩けば、
見渡す限りの緑、見慣れたビルやチェーン店もなく、ただただ緑だけ。
「はぁー、マイナスイオンかなんなのかわかんないが、呼吸しているだけで体の中が洗われるみたいだ。よし、まずは湖だな。」
土と緑溢れる樹々の間を抜け、暁の眼前には真っ青に染まった湖が広がる。陽も高くなっており、湖面は太陽の光を受けまばゆく輝いてはいるが、湖の奥には対岸の樹々が鮮やかに写し取られており、まるで鏡を見ているようだ。
「これはすごいな。日中でこれなら陽が湖面にあたっていない早朝なら、さぞ幻想的だろうな。はぁ、何もないの承知の上で来ているが、ここ選んで間違いなかったな。対岸の樹々は全部紅葉かな。紅葉の時期に来るのもありかもしれないな。湖面は透き通るような青で、対岸は燃え上がるような赤に切り取られるのかな。」
安全のためか、岸には柵が設置され、柵内への侵入は禁止とする旨の看板が立てられていた。暁は柵に身を預けながら湖をただただ見続けた。
暁の耳には、自然の中の風・葉擦れ・樹々の間に隠れているだろう野鳥の鳴き声しか聞こえてこない。日々聞いている人工的な音はここにはない。ただ自分と湖を囲む自然の中にいる感覚を暁は特に何かを考えこむわけでもなく、楽しんだ。
「ここは、たまに観光客が来るのと誰かが手入れをする以外は、何も変わらず同じ景色が何年も何十年も続いてるだけなんだろうな。」
少し肌寒さを感じ始めたころで我に返り、暁はそうつぶやいて、今晩の宿に向かうことにした。
その背中を対岸から見つめる女がいた。
彼女の紅い瞳には、悲しみ・寂しさ・切なさといった半ば無力感に近い苦悩がないまぜになった感情が現れていた。
「こんなに近くにいるのに」かすかに唇を震わせて、彼女はそう呟いた。
ともすれば、涙すら流していたのかもしれない。
そんな彼女の視線に気づくこともなく、暁は湖を離れた。
どんどん離れていく男の背中、少しでも長くその背中を自らの瞳に焼き付けようとする女。
「彼は、明日も来ると言っていたわ、、、。そうね、明日でもいいのよ、、、。彼さえこの湖に近づいてくれるのなら、、、。」
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