06
食事が終わり、男が出してきた寝袋に包まる。
「しつこいようだけど、逃げようとだけはするなよ。これはあなたのために言っている」
電気を消す直前、男が私のほうを見ながら淡々と言い、私も何も考えずただ「はい」と返事をする。
「明日、ここでの暮らし方を教えるから。新しい名前もそのとき決める。自分で決めたいのなら適当なやつ考えておいて」
じゃあ、おやすみ。ぱちん、という音と共に暗くなった部屋、窓の向こうから月明かりが薄ぼんやりと滲んでいる。
その夜、私は夢を見た。
朝、目を覚ますと七時半を過ぎている。私はベッドから跳ね起き、慌てて夏物のブレザーに袖を通した。教科書やノートを乱暴に鞄の中に突っ込み、勢いよく階段を降りる。
「あり得ない、寝坊した!」
「もう。お母さんは何度も起こしました。×××が悪いのよ」
「しょうがないなあ……×××、学校まで車で送っていってやろうか?」
「え、ほんと? 助かった! お父さん大好き!」
「こーら、お父さん、だめよ。そうやって甘やかしても×××のためにならないんだから。遅刻して先生に怒られて、ああ失敗したって反省すれば二度としなくなるものよ」
母がテーブルに私の分の味噌汁を置く。立ったままずるずるとそれをすすれば、
「やだもう、×××、行儀悪いわよ」
「だって本当に時間ないんだもん! 顔洗ってくる! お父さん、ほんとによろしく!」
ソファーの下で丸くなっていた犬に「おはよ」と声をかけ、ひと撫でしてからリビングを出、洗面所へ駆け込む。部屋の壁も、廊下のフローリングも、洗面所の鏡もまるで新築物件のように綺麗だった。両親は仲睦まじく、私に向かって優しく笑いかけている。
それは、ひどくありふれた、けれどどこまでも夢物語のような夢だった。
私は彼らに繰り返し名前を呼ばれていて、けれど夢の中の私はその名前をどうしても聞き取ることができなかった。
両親に戸籍ごと売られた腹いせに犯罪者と結託して金持ち相手に詐欺することにした 桂 叶野 @my_oh_my_baby
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