第6話

 深夜を回る刻限。夜闇の屋敷の前にジュージは立っていた。 


 隠密スニーキングミッションは嫌いではない。それは自身の濡れ仕事屋ウェットワーカーとしての矜持によるもの。


 ジュージはワイヤーを使って門の外側から忍び込むと、あっという間に館の三階の窓に到達した。窓の外側からは赤外線装置があるのが見える。


 ジュージはレッグホルスターから取り出したマチェットで一閃、赤外線装置を切った。


 身を翻し部屋の中に降り立つ。すると、濃厚な殺気が扉の向こうから立ち昇るのを感じ、咄嗟にバックステップで扉から距離を取った。


 二つの炸裂音が扉越しに同時に放たれた。


 だが銃口は一つ。恐ろしく速いショットがそうさせるのだろう。


「…私はシスター・チヒロ!主の岬ケイプ・オヴ・ロードの護衛…!そのまま壁を向いて両手をゆっくりと上げなさい!」


 闇から浮かび上がった人影はシスター服を着ていた。だがその手には今しがた凶悪な咆哮をあげたばかりにショットガンが装備されている。一見して素人ではありえない動きだった。


「…良いクアッドロードですね、ショットガンが主武器ですか…フフ、シスターのそんな姿を見たら神様も卒倒なさるでしょうに」


「お黙りなさい!」


 シスター・チヒロは不敵な微笑みを崩さない男に向けて威嚇するように咆えた。


「…まるで子を守ろうとする獣のようだ…おそろしい…フフ」


 シスター・チヒロが両手を頭の後ろに構える男に一歩近寄り、そしてふと気が付いた。


 手の武器が…ない??


 風を切り裂く音が聞こえ咄嗟に身を捻ると、寸分違わぬ位置をマチェットの刃が通過していき肝を冷やした。


 マチェットは確かに男の手の中にあったはずだった。


(―手品師マジシャンじゃあないんだから!?)


 ブーメランのような挙動で男の手の中にマチェットが戻るや振り返りざまに横殴りの鋭い斬撃が放たれた。チヒロはそれを銃身で受けバックステップで間合いを取りながら牽制にショットガンのバレットを撃ち込む。


 瞬間、暗闇の中に男は消えた…ように見えた。


「―――っ!?」


 だが、確かに殺気は”そこ”に存在している。


 シスターチヒロは混乱の中、空気を切り裂く音を頼りに遮二無二自らの正中線沿いにショットガンの銃身を構えた。


 衝撃に備えたはずだったが、銃身へ上から叩きつけられた衝撃で手元のショットガンが床に落される。


 危機感の中でシスターチヒロは前宙からの踵落としを喰わされたということを理解した。


 だが時すでに遅く、月明かりに閃くのは男の艶やかな黒色の長髪。


 みぞおちにめり込むような威力の蹴りを叩きこまれ壁まで吹き飛ばされる。その反動が臓腑を遍くシェイクする。


「ガァッ…フッ…!?」


 口腔に熱いものが昇り、たまらずそれを床に吐き出す。血液の混ざった胃液だった。視界が揺れ、呼吸もまともに継げない。


 取り落としたショットガンは目の前、三歩は先にある。男のスピードを天秤にかけるまでもなく絶望的な距離感だった。 


「コ…トリ…お嬢…様……!」


 絶え絶えの呼吸のまま虚空を見上げると男は…微かに嗤っていた。


 まるで遠い昔、エイジアの寺院で見た菩薩像の如くに。


 息一つ乱れず、かすり傷一つない男の表情にシスターは底知れぬ不気味さを感じた。


 この男は呼吸をするが如くに目の前の標的を死に至らしめるだろう。


 けたたましく危険信号が脳から放たれるがそれは言葉にもなりはしない。


 男が何かを呟いた。それは聞き取れず、だが両手に握られたマチェットは確かな死の感触を湛えていた。 


 ―せめてお嬢様を!


 パン


 シスター・チヒロの祈りに呼応するが如くタイミングで乾いた音を立てて窓ガラスが割れる音がし、次いで夜闇を乱雑に暴くが如き銃声が奏でられた。


「…なに下手晒しとんねんオンドレ!それでも主の岬ケイプ・オヴ・ロードかボケ!」


 こんな時まで…言葉の下品な男。だがお嬢様の命はこの男に託す他にはなかった。


 間もなく、そこで私の意識は途切れた。


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