第3話
無言で歩く二人に付いていくこと十数分。
先ほどの賑やかしい市場の景観から徐々に人通りも落ち着いた住宅街へと抜け、やがて辿りついたのはその街区の中でも有数の立派なお屋敷だったため面食らってしまった。
シスター・チヒロは玄関門で何某かを呟くと大きな鉄扉は一人でにその口を開けた。
しかし、立派な外観とは言っても、張り巡らされた各種のセキュリティや門番の黒服など明らかに“その筋”の感が否めない。物々しい屋敷の佇まいに気後れした僕はハーブ神父に耳打ちした。
「…ハーブ神父、今回の任務の内容についてそろそろ教えてくださいませんか?サニーフィールド神父からは帝都へ向かうようにとしか言われませんでしたし…」
「護衛や」
ハーブ神父は素気なく呟いた。
「護衛…って、誰のですか?」
「はっ、嫌でも直に分かるで、ええからとっとと上がれや」
ハーブ神父はシスター・チヒロすら置き去りにして正面口からズカズカと入り込んでいく。
途中、すれ違う度に使用人の人たちは険しい表情でハーブ神父を見るのだが当の本人は頓着もせずにズカズカと歩みを進める。
「…どうしてアウェーでそこまで偉そうにふるまえるんですか?」
「仕方ないのです。愚かで学のない人は無知故に自らの分をわきまえず、畏れすら知らない…あぁ可哀想…」
「聞こえとるぞワレェ!?」
そうこうしているうちにひと際大きな扉の前にたどり着いた。シスターがそれを開くと明るい陽だまりの様な聞き覚えのある声がした。
「チヒロ!お帰りなさい!」
「…コトリ!?」
「久しぶりね!ウィステリオ!」
扉の先に居たのはコトリ・オヤマ。ウィステリオと同郷のクリード村で共に育った幼馴染だ。
「ど、どうしてこんなところに…!」
「私から内緒にしてもらうようにお願いしたの!」
コトリは嬉しそうに三人を部屋の中心のテーブルへと招き入れた。
「それにしてもコトリって…こんなに良家のお嬢様だったの??」
そういうとコトリは苦笑いをして言った。
「それが…私もつい最近になってから知ったんだけど…私、
「ええ!?」
それが本当であれば…如何にも凄いことだ。
しかしそう言ったコトリは戸惑いこそあれ喜ばしそうな素振りはなかった。
「…その血族やった教導師長は二年前に暗殺されたんや」
「え…」
コトリの顔を見ると悲痛そうな顔をした。
「そんな訳で次期の跡継ぎを探してたところコトリ・オヤマいう新しい血族が見つかって教会は大慌てで保護をした…元々後継ぐ気満々やった輩からしたら自分のパイが小さなるのは面白うないからな。加えて権力の座が空席になっとる今関係者は皆血眼になっとる…何か起こるなら魑魅魍魎跋扈の今っちゅう訳や」
「それで…護衛任務…コトリの…?」
「そうなの…まるで映画みたいでおかしいよね?」
コトリはそういって苦笑いした。
恐怖も大きいだろうに、彼女がこうして笑えることは並大抵のことではないように思えた。そして彼女にとって幼馴染である自分が傍にいることはきっと存外大きな意味があるのだろう。
「お…お嬢様…」
「…何震えとんねんお前?」
見るとさっきまで沈黙を貫いていたシスター・チヒロがわなわなと両手を震わせていた。
「こ、ここここコトリお嬢様…と、ところでそのご尊顔に鎮座されていらっしゃる…そ、その眼鏡は一体なんということでしょう…?」
「これ?今日爺やに買ってもらったんだ。勉強もおわったし外すね」
「お、お嬢様ァァァ!?おやめくださいませええ!?」
シスター・チヒロはヘッドスライディングの要領でコトリの顔の上に眼鏡を留めた。
「し、シスター・チヒロ!?」
「ち、チヒロ…?」
「め…眼鏡の装着をすることでその…た、短期記憶の定着が進むと言われております…そ、それに鏡をよぉくご覧くださいませ…ウフフフフ…利発で知的なお嬢様には眼鏡がとっっってもよくお似合いでございますわ…」
「ど、どうしたのチヒロ…?様子がおかしいよ…?」
「お嬢様…これでおわかりになられたでしょう?眼鏡とは知の現れ…!美と秩序の顕現…!そして誠実さの表現…!遍くそれらのすべてに他ならないのです…!これこそが
シスターチヒロの絶叫に近いモノローグののち、ぜえぜえと呼気だけが広間に響いた。
「…なんやおまえ…気っ色悪っ…そんなんただのガラスやんけ…」
「ハーブ神父!?それたぶん絶対言っちゃいけないやつ!?」
「あなた即刻殺しますわね」
「シスター真顔で言うのやめてください!?懐からナイフ出さないで!?この人はいつもこういうナチュラルボーン失礼な人間なんです!?」
「誰がナチュラルボーン失礼やボケカス!」
「ふふ、なんだかあなたの先輩方って見てるだけでとっても楽しいわね、ウィステリオ?」
「どこからどう見たらそうなる!?」
「…それで…どうなの?」
「…え、なにが?」
「だからぁ…その…ハーブ神父とは?」
急に眼の色を変えて耳打ちしてきたコトリにウィステリオは困惑した。
「…どうしてそんな期待に満ちた眼差しを僕に向けるの…?」
「だってあなた初日の宴席で…せ、接吻したって…!」
「ああぁぁぁ!?や、ヤメロォォォォ!?折角記憶から抹消しかかってたのにイィ…!?」
「くっ…どうしてその場に私がいなかったのかしら…!色々と悔やまれるわ…!それで、その後の進展とかはないのかしら?サニーフィールド神父様からは色々なお話はかねがね詳しく聞かせて頂いたけど、直接私の目で見てみないことには捗るものも捗らないのよ…わかる?」
「どうもなにもないし!?何が捗るのかもまったくわからないんだけれど?!」
「ウィステリオは絶対に誘い受けよね?聞いておくけどそんな大人しそうな顔して鬼畜攻めとかやめてね?念のためCP固定しておかないと解釈違いは血を見ることになるわよ?わかる?」
「なにもわからないよ!?それにその手帳何なの!?」
そんな二人のやりとりをしらっと眺めていたハーブはため息をついた。
「…おい、お嬢止めてやれいや…お前の仕事やろ…」
「あら、好きこそものの上手なれという言葉を知らないのですか?」
「お前ら…揃いも揃って大概やぞ…?」
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