武器屋のストラグル

 意思と意思が、剣と剣が重なり合い、衝突する。カゲトの気迫のこもった一撃もまだジューナルメタルには届かない。


 ココはその戦いでカゲトの後押しをしようにもジューナルメタルが剣を振るうたびに弾けるように広がる衝撃波を避けるのに精一杯だった。ココは杖を手に、彼らの周囲を何ができることはないか、助けられることはないかと衝撃はを避けながら駆けまわるだけだった


「……どうすれば……」


 するとココはあることに気がつく。カゲドが銀の剣の機能を使っていないのだ。思い返せば銀の剣を傷つけるのに使うのは初めてなのだ。それも無理もなかった。ほとんど使われていない刀身、傷が残っているのは持ち手と鍔のみ、その妙な状況の剣は本領を発揮することがこれまでなかったのだ。


 衝撃を避けながら、金属音の中ココは叫んだ。


「カゲト!その剣は……斬撃が残るの!」


 カゲトはかろうじて彼女の言葉を聞き取った。斬撃が残る、ココが衝撃波を避けながら伝えた僅かな情報、武器の機能を伝えるには曖昧だったかもしれない。しかしカゲドは一か八か、その機能がよくわからないまま剣を振るった。しかし今までとは音も、降る重さも違った。


「何を……」


 カゲドがただ剣を振るったみに見えたジューナルメタルはココの言葉を意に介さず剣を振るった。しかし途中で、空中でその斬撃は止まってしまう。銀色の帯のようなものがジューナルメタルの斬撃を受け止めていた。


 それはカゲドが振るった剣筋の軌跡そのものだった。


「なるほど……いい剣だ!」


カゲトはチャンスとばかりにジューナルメタル空いた腹の鎧に投擲ナイフを腿から抜いて投げつけた。


 弾丸の如く飛んできたナイフを剣で弾くジューナルメタル、しかしその剣は大きく抉れてしまう。


「ナイフまですごい武器だな……」


 カゲトはここぞとばかりにラッシュをかける。剣筋を残し、ジューナルメタルの行動を制限していく。


「ククク!盾だけでも俺は強いぞ⁈」


 カゲトによる連続の攻撃を盾で見事なまでに弾いてみせる。もどかしい、もやがかかるような、粘りつくような時間が続いた。もう少しというところで残った剣筋は消え、ジューナルメタルの体力も戻っていく。


「もう少し!もう少し……!」


 2人は盾と剣を激しくかち合わせる。そしてココは気づいた。もうジューナルメタルから剣撃による衝撃波が飛ぶことはないのだ。


「コナユキ!もう一回行くよ!」


 ココは杖を構えた。未来が見えるような気がした。おそらく勝つ。確実に勝つ。しかしココに取って街を、皆を守れれば勝敗などどうでもいい。


 ココに取って問題なのはおそらく初めてココの武器でカゲドが傷をつけるのだ。ココは勇気を振り絞った。可愛らしいと皆に評される顔は悲壮に歪み、涙が溢れ出す。


「行くよコナユキ……!………精錬せよ、風になるまで。磨き上げろ、力を得るため………悔いを未来に刻まぬ約束を、これは修練なり………鋼の体躯を持たぬのならば疾風の速さを持たぬのならば……」 


 カゲトと会った時、コナユキと会った時に使った魔法。思い出の魔法にするにはココにとっては少し過激なものだった。この範囲内で傷つけることは双方できない。その効果をどうしても戦わなければいけない時のために使ってきた。


ココの魔法が平野に散り積もったコナユキの冷気による一面の霜に幾何学的な紋様を刻んだ。その紋様はジューナルメタル、カゲトの足元まで及んだ。


 カゲトはいち早く反応し、ジューナルメタルの盾を蹴り飛ばした。思わぬ行動にジューナルメタルはカゲトに反撃すべくタックルを喰らわせる。それは硬く重く、早い。砲弾のようなタックルだ。しかしカゲトは吹き飛ばされはするもののダメージはない。ジューナルメタルは重ね重ね驚いた。盾を痛みもなく蹴り飛ばし、自分の攻撃も効かないのだ。


 魔法の効果を実感した後、カゲトにココは叫んだ。魔法を解除される瞬間が来たのだ。


 ぱっと雪原に刻まれた紋様が薄くなり、双方傷つけられないという魔法の領域はなくなった。カゲトは強く踏み込み、全身で攻撃するように切り込んだ。ジューナルメタルの武器はどちらも無効化済みである。


 剣を振り、カゲトはジューナルメタルの真後ろに抜けるように躍り出る。そしてジューなるメタルの硬い鎧のような外皮には傷がついていた。


「ククク……見事だな…武器屋の魔法と剣のコンビネーション……」


 ジューナルメタルは膝をつく。鉄兜から聞こえる息は確実に早くなっていた。カゲトは静かに言った。


「これでも気絶しないとはな……だが……事情につきこれ以上傷つけられない。帰ってくれ」


「ふん……俺の負けか。守れてよかったな!」



ジューナルメタルはよろよろと立ち上がり、レイトの街とは逆方向へと去っていった。その後ろ姿を見届けるとカゲドはココの元に駆け寄った。捨てられてしまった小動物のように彼女は震えていた。


「ココ……」


「わ、わかってる……傷つけたの……でも守ったの……」


 ココは息が速くなっていた。覚悟して、勇気を振り絞ったが、やはり加害をしたことは心的ダメージを負っていた。カゲトは雪原となった平野の真ん中でココを抱きしめた。


「平気だ……俺も、コナユキも、君のおかげで助かった。みんなを守ったんだよ」


 ココは今まで背負って貯めてきたものを吐き出すように涙を流した。カゲトの胸に顔を埋め、涙をしばらく流していた。カゲトはありがとう、といい続け戦いの疲労も気にせず彼女の背中をぽんぽんと優しく触れ続けた。


 ポタリと涙が雪を溶かす。ココが落ち着いてきた時には平野の雪は溶けていた。


「平気かいココ?」


 顔をあげると泣き腫らしたココがカゲトの目に入る。そしてコナユキが顔を彼女に擦り付けた。


「2人とも……私の矛盾した武器屋のやり方に付き合ってくれてありがとう」


「どういたしまして。ココ……俺からも言わせてくれ。背中を押してくれてありがとう。助けてくれてありがとう。一緒に街を守ってくれて……本当にありがとう」


 立て続けの肯定に、感謝にココは恥ずかしくなった。


「う、うん……私……武器屋として満足いく仕事が……まぁ……できたかな」


「最高だったよ、ココ」


 カゲトはニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る