氷のような絆

 レイトの街のパニックと悲壮さが混じり合う雰囲気の中ココは街を闊歩していた。武器屋として、レイトの防衛戦に武器を供給させることができた後なので、特段目的があるわけではない。ただじっとしてられなかった。立ち止まろうものなら手が震えてくるほどだ。


「なんか忘れてる!なんか忘れてる気がする!」


 ココの足を進める速度は未だかつてないほど早かった。何かを踏んだとかが気にならない状況だった。今までだったら心配で何回か行ったり来たりしてしまっていた。


 しかし今日のココはそれをせず、ただ出どころのわからない焦り、不安に襲われていた。景色が、人並みが流れていく。しかしココの不安はそのままへばりついていた。


 何か大切な、武器屋として大切で、ココとしても重要な何かが今の状況に抜けているような気がしたのだ。たしかに守るために傷つける勇気を振り絞り、武器を作った。カゲトに渡した。カゲトは強い。その要素があるにもかかわらず何かが抜けている。


 今になってまた加害が怖い?たしかに怖いがそれではない。カゲトが負ける?それも違う、ココは自分を守ってくれた彼の強さを疑っていない。


「ん?ココじゃないか。レイトの街にいたのか!」


 悶々とした気分に横槍を入れるように話しかけてきたのは1人の戦士だった。ココの故郷の街で、先代の武器屋の常連客だった男だ。


「戦士さん……こんにちは」


「うん?こんにちは。って違う!みんな心配してたんだぞ⁈いきなり武器屋から遁走して」


「遁走?」


 たしかにそうだ。ココは自分が遁走しているようなつもりはなかった。しかし振り返ってみれば自分の今までの行動は武器屋の遁走だ。


「そ、そうですよね。ご迷惑おかけして……」


 戦士は慌ててそんなことない、と割り込むように言う。彼はココが迷惑をかけたり、傷つけたりすることに敏感なのを知っていたからだ。しかしココは水面のように静かだった。


「で?なんでこんなとこに?」


 ココは自らの遁走の一部始終、と言ってもスパンが長すぎるが話し始めた。カゲトと出会い、魔法医者やカケアシヅメ、吹雪竜との交流のこと、そして今回の鋼の団の襲撃のことだ。


「なるほど……ココが傷つけてまでも守りたいってもう思えるほどの街なんだな。ここは」


「そうなんです。だから武器を作って、戦う人の背中を……」


 ココはそこまでいって頭の中の、あるいは心の中にかかった鍵が解除された気がした。視界が開けたような、急に気温が変わったような、そんな感触だ。背中を……まで言いかけたココは大事なことを思い出したのだ。


「どうしたんだココ?」


「押してない!武器屋なのに!背中を押してない!!」


 ココは街中で叫んだ。戦士は驚いて硬直していた。


しかし彼を心理的に置き去りにするほどココは大切なこと、武器屋として背中を押してやる、と言うことを忘れていたのだ。


 先代は店から出る客の背中を見えなくなるまで見つめていた。それは武器屋として背中を押してやる、そのものに感じられた。


 カゲトに武器を渡した時、自分はどうだったかを思い返す。カゲトはただ走り去った。ココはただただそれを見ていただけだ。


「ごめんなさい戦士さん!ちょっと背中を押してこなきゃ!!」


「こ、ココ……!待ってくれ!これだけは言わせてくれ!……先代は待ってるぞ」


 戦士はそう伝えた。その響きはココの胸の内に響いた。遁走した2代目である自分を待ってくれているのは申し訳なく、ありがたいものだった。


 ココはコクンと頷いて走り出した。カゲトよ背中を押すが何を意味するのか、まだココにはわかってなかった。しかし背中を押す行為をただしなければいけないと思った。武器屋として、買い手のために。


 武器屋とは買い手の背中を押すもの、先代に言われていたことだ。


 ココは杖を取り出した。同時に懐から氷のような宝石も取り出す。仲良くなった吹雪竜コナユキの力が含有されているものだ。杖を体の前に宝石を口元に移動させ、呟いた。


「我が盟友よ。厚き繋がりをもって意思に力を。厚き冷気をもって疾風となれ、氷より硬く、透き通る絆に呼応せよ」


 宝石はブルブルと震え出し、それに反応するかのように遥か彼方から咆哮が響いてくる。懐かしい、コナユキの声だった。ココはレイトの街を駆け抜け、平野と街を隔絶する壁の目の前に着いた。しかしココが壁の出口から出ようとすると、兵士に止められる。


「危ないよお嬢ちゃん!今平野には鋼の団の襲撃が」


「わかってます!」


 ココがそういうと同時にどしんという音が兵士の後ろ、壁の出入り口の向こう側で響いた。久方ぶりにみるコナユキの姿がそこにはあった。少し成長したらしく、大きくなっている。


 兵士がそれに驚く隙にココは入り口を謝りながらすり抜けた。


「ごめんなさい、私行かないと!」


「じょ、嬢ちゃん!」


 コナユキは地面から数メートル浮き上がり、爪で優しくココの腕を掴んだ。そしてぶら下がるココは平野を滑るように高速で移動する。


「コナユキ来てくれてありがとう!カゲトの手助けを……背中をおしたいの!今までもらった分!いっぱい!」


 ココは風の音がする中叫んだ。コナユキは聞き取れたらしく、グルルと喉をならして反応した。カゲトの手伝い、それがココに今できる武器屋としての背中を押すと言う行為だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る