開始

 首都フィーチュールておいてココとカゲトはそれぞれの場所でやるべきことに励んでいた。ココは今日も剣を振っているであろうカゲトに想いを馳せて、いつものように並べられた素材に目を通した。


 フィーチュールでドルから提供されたものはどれも一級品。そして取り扱いが難しく、銀の胸章をもつココほどの武器屋でも1日に一つ作れたら最高、というほどだ。


「ココひゃん、今日もお願いね」


 朝、国の皆がやっと起きるような時間にココに与えられた部屋を勝手に開けてシルダ駆け込んできた。


「は、はい」


 うん!と言い残しポニーテールをまとめるための紐を口にくわえながらウインクをして出ていった。フィーチュールの日々の朝はいつもこのように騒がしく始まっていた。しかしココは新鮮だと感じていた。


「今日も依頼されたのを進めなきゃ……」


 ココは眠い目を擦り、用意された部屋から出た。まだ薄暗く廊下は注意していなければ何かにぶつかってしまいそうだ。ここはフィーチュールで1番の宿屋、広い廊下ゆえ心配は本来ないがココの性質と薄暗さで慎重に進んだ。


 しばらく歩いて宿屋を出ると石造りの小屋が立ち並んでいるのが目に入る。武器屋に用意された工房郡である。


「まだ作業してる人いないのかな。私が一番か、早いところやっちゃうか」


 ココは腕まくり、ともいかず気合を入れるために指をならした。ココに用意された腕を広げて歩き回っても余裕のある工房で依頼リストに目を通す。


 シルダ曰く騎士団員1人に対し武器屋が集まりすぎて専属になってしまったらしい。ココの専属はもちろんカゲトだ。それに対してココは少し安心していた。初めて傷つけるための武器や防具を作るのならカゲトに使って欲しかった。


 

「チェーンメイルも胸当ても、手甲もできたし……あとは投擲武器……」


 ココはこの武器を意図的に最後にした。作るのが大変、というより心の問題だ。防具ならまだ平静を保って作業できた。しかし守るためと言っても投擲はもう完全に傷つけるものだ。


「守るんだ……やれココ……!がんばるぞ……」


  ココは虚空に呟いた。その言葉は部屋ではなく自身の胸に響く。


 昼も過ぎる頃になってカゲトが工房を訪ねてきたときには投擲武器の完成はしていた。ココが止まっていたのは直接渡したかったからだ。


「ココ……?疲れてるのか?」


「ううん……あのさカゲト」


 ココは完成した投擲ナイフを手に取った。太もものホルダーに収納できる便利なものだ。ナイトの射程の不利を大幅に克服できる。


「投擲ナイフできたの」


 ココが手渡したそれは軽く、3、4枚重ねた用紙ほどにも感じられた。薄いが、鋭利で軽く投げても地面に突き刺さりそうだった。


「ちょっと魔法もかけてある」


「すごいよココ。ありがとう」


 ココは本題に入れずにいた。投擲武器がたった一つとは言いにくかった。しかし限界があるのだ。勇気の限界だった。


「ごめんカゲト!私……防具までは行けたけど……守るためとは言え傷つけるためのナイフになったら……ちょっと……一つしか……ごめんなさい」


 ココはカゲトの安全にも関わることについてたので相当申し訳なく思っていた。頭を下げるココにカゲトは微笑みかける。


「平気さココ。俺を誰だと思ってるんだい?元ナンバー2のナイトだ、鍛錬でもシルダさん以外にはやられてないぞ?」


 ココは頭を上げる。すると強い意志を感じる目で優しく笑うカゲトが目に入る。


 カゲトは続けた。


「ココの剣がある。防具がある。投擲武器がある。君が背中を押してくれてる。もうそろそろ来る鋼の団にも負けないさ」


 ココはカゲトの胸に飛び込んだ。ちょっと前までは手を握り合うだけでも恥ずかしかった。しかし恥ずかしさよりも今はココはただ嬉しかった。

「こ、ココ?」


「ありがとうカゲト」


 しばらく静寂が続く。しかし2人の優しい静寂を破るように魔法で覚醒されたドルはの声がフィーチュールの街に響き渡る。


「数日中に鋼の団はレイトの街に到達するという予想!武器屋は防衛戦参加予定の騎士団、魔法部隊はレイトの駐屯地に向かってもらう!」


 おっとりした印象のドルからは書いたこともない切羽詰まったような声だった。


「カゲト……!」


「……俺は行くよ。なに、ココの武器と防具でフル装備だ、平気さ。行ってくる」



 カゲトはココの肩をポンと叩き、上下に顔が分かれるほど思い切り笑った。ココは心配を隠すように笑い返す。


「行ってくるよ!」


 カゲトは鎧のかちゃりという音とともにかけていった。ココはその後ろ姿を見るしかできなかった。

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