約束の更新

 鍛錬を終えたカゲトはロッジが汗を拭きながら出てきた。シルダと共に彼を待っていたココは出てくるや否や駆け寄った。側から見れば惚気ているような2人だがただただ大切な友人であり、恩人同士である。


「おつかれカゲト!」


「お待たせココ。そういえば、武器屋の募集って何をするんだ?工房にこもりきりなのか?」

 

 ココはふと思い出した。何も知らないことを。武器屋募集の張り紙をきちんと見ていないのだから当然だが、それよりも武器屋として街を、みんなを守る覚悟にリソースをさきすぎたのだ。すっかり武器屋として何をするのか、ノルマはあるのか、どんな武器を作るのかを聞くのを忘れていた。


「完全に忘れてた。シルダさん何か知っていますか?」


 突然聞かれシルダは焦ったような表情を見せる。虚空を見つめるようにして彼女も思い出そうとしているようだ。


「確か……ノルマはまだ決まってないのよ。でも鎧はもう生産が始まってるかな。人によって作れるものも違うわけだし、一度武器屋が数日後集められるのでその時に詳細を言われると思うよ」


 半年後に迫る鋼の団の襲撃の備えがアバウトなのは心配だが、確かに武器屋にも専門性があることも多くある。剣しか売らない奴もいれば、傷つけないやり方でしか売らない奴もいるということだ。それをいちいちカテゴライズするのには時間がかかる。一回まとめて集めた方がいいのは確かだった。


「そっか……カゲトはで鍛錬を続けるの?」


「そうかな。連れてこられたと言っても国を、みんなを守りたいからな。もちろん君の武器を使う以上約束は守るよ」


 カゲトはココを安心させるように帯剣している銀の剣にポンポンと軽く触れた。しかしココは傷つけないやり方、つまりカゲトの本来の力が出せないことは危険だと感じてもいた。守ると決めた以上、加害の覚悟は持つべきなのかもしれない。


「カゲト、そのことなんだけどさ……」


「ん?なんだ?」


「武器を守るためなら傷つけるように使ってもいい……よ……」


 ココは語末に行くほど自信がなくなっていく。たしかに守るためなら傷つける覚悟が必要だ。しかし傷つけた後自分は平常でいられるかどうかわからなかった。


「ココ……覚悟を決めたってことか?」


「そんなすごいもんじゃない……ただ、前に進むだけ……守るためならやってみたい、武器屋として」


ココは言いづらそうに本音を語る。今更ながら自分の矛盾が嫌になる。しかし恐怖に の先に自分の成長があるとも考えていた。ココが呟くほど小さな声で言ったのをカゲトはしっかりと聞きとった。そして優しく返す。


「わかった。俺もココと一緒にみんなを、レイトの街を守るよ。そのために銀の剣を振るう……これが新しい約束でいいかい?」


「うん……!」


 ココは顔を上げ、カゲトと目線を合わせた。そして力強く言い放つ。たった2文字の言葉に全ての力を込めるように。



 新しい約束を決めた後、カゲトは木剣を再び持って鍛錬場へと戻っていった。彼を待つ他のナイトたちはこちらを不思議そうに眺めていたが、カゲトが戻ってくると一気に集中モードに入ったようだ。


「カゲトは……なんか私より先にいる気がするよ」


 ココの呟きをそばにいたシルダは聞き逃さなかった。虚空に向かって話すように、独り言のように彼女も呟いた。


「あのネガティヴなカゲトをここまで成長させたのは多分ココちゃんだよ」


 ココがシルダの方を振り向いた時には彼女はすでに後ろ姿を見せていた。


「数日間武器屋の招集まで待ってるの暇でしょう?この街と私の仲間を紹介するよ」


 シルダは笑いながら手招きをする。ココは小さくカゲトに頑張って、とサインを送るとすぐにその場から立ち去った。2人の間にはまた、新しい約束ができたので寂しくはなかった。



 シルダについて大通りに出ると、人が密集しうごめいているのが目に入る。加害の恐怖はまだ消えてはいない。人と衝突したり、誰かの足を踏みそうなところは避けたいのが正直なところだ。


 現に大通りに出るまでココは何かを踏んだと思い込み2、3回鍛錬場まで戻っていた。それでもなおニコニコとして待つシルダには申し訳なかった。


「シルダさんは私の……気にしないんですか?」


「ん?気にはなるよ。でも私はみんなを受け入れる準備ができてるの。国の剣として、盾としてね」


 シルダは軽く言ったがその言葉はとてつもなく重いものだった。自分のするべきことを、確固たる意思を、矛盾なき心を持っているのをココはかっこよく感じるのだ。


「ありがとうございます。シルダさんかっこいいですね」


「ほんと?でも、可愛いって言って欲しいなぁ」


 彼女はポニーテールを揺らして体を傾け、ココを覗き込むように言う。ココにとっては彼女がどこまでも強く思えた。

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