レイトの街防衛戦線

 貧民街から帰ったココは久しぶりに思える宿屋への帰路を辿っていた。貧民街と比べると宿屋近くは賑わっている。格差は承知だが、笑顔はたしかにどちらにもある。そしてココはどちらも好きだった。


「宿屋……やっと着いた」


 宿屋のドアにをかけた。しかし妙な感覚する。いつもとは確実に違う、形容しがたい胸騒ぎを覚えた。


 ココがそっとドアを開けるとエントランスに座っていたこの国No.1のナイトであるシルダが見えた。彼女はココが見えるや否やドアを閉める間もなく近づいてくる。


「シルダさん?」


「お久しぶりココちゃん」

 

 以前見た彼女の朗らかな様子はなかった。ポニーテールのその女性は重苦しい空気をその身から醸し出しているようだ。


「何か?」


「単刀直入にいうよ。鋼の団の襲撃が半年後に来る。首都ではレイト戦線における戦力強化のために武器屋やナイト、魔法使い、戦士を集めている」


 鋼の団。ココにも聞いたことのある単語だ。鎧や殻が鉄のように硬質化されたモンスターの大群が街を襲撃する現象。10年単位で起こるとされている。100年以上原因はわかってはいない。


「……この宿屋にも募集貼られていたはずだけど……カゲトが頑張って隠してたんだね」


 シルダは少し悲しそうに言った。ココは募集の話を今初めて知ったのでカゲトの努力は報われていたと言える。しかしそれを暴露したシルダにココはただならぬものを、覚悟のようなものを感じ取る。


「単刀直入にもう一個。首都の騎士団にカゲトが再招集された。私はだけの反対じゃ……評議会は止められないの」


 シルダは申し訳なさそうに呟く。小さな声だが、カゲトがいなくなったという事実が与えるココへのダメージは小さくない。いつも守ってくれたカゲト。そばにいてくれたカゲト。歩幅を合わせてくれたカゲト。ココに取って彼がいないと心に穴が空いたようだった。


「か、カゲトは無事なんですか?」


「無事は無事。でも元ナイトまでをも集められているような状況がやばいのはわかるよね」


 ココは小さく頷いた。そしてシルダがココにいる理由もわかった気がする。しかしそれをし聞きたくない。この予想が間違っていると思いたい。しかしシルダは、No.Iの騎士はズバッと言い切る。


「武器屋としてココちゃんにもきて欲しい。あなたが……矛盾を抱えてるのは知っている……けど」


 都市の、国の危機に武器屋が集められている。そしてシルダが訪ねてきたのはココが自らの知る最高峰の武器屋だからだ。


「武器屋の募集は強制されない。ナイトは結構強引にされてるけど。でも年下の女の子に頼む恥を忍んで、ココちゃんにみんなを守る手伝いをしてほしい」



 彼女の依頼は武器を防衛のために作ってくれということだ。騎士団長からの依頼、本来は名誉なものだ。しかしココにとってそれは誇れこそするもその依頼に対して恐怖の感情を覚えた。


「守るために傷つける武器を……?」


 最近悩んでいた課題。自分の加害に対する恐怖、それは守る場合どうすればいいのか。怪盗カードルとの対峙、威嚇して農地を守るためのかかし作りを通して守るための加害についてココは悩んでいたのだ。しかし頭の整理をするには今回のことは性急すぎた。


「そうだね。守るために傷つけるんだ」


 シルダは包み隠さず剥き出しの言葉を放った。ココは鼓動が大きくなるのを感じていた。売り込みを続けるうちに、人と関わるうちにレイトの街が好きになっていた。宿屋の人も、役所の人も、魔法医者レイナー、農家のベイタも、怪盗カードルに至るまで。自分を成長させてくれた気がしていた。


 レイトの街には恩がある。そして今まさに守りたいものでもある。


 しかしすぐには行きますとは言えなかった。長年の加害に対する恐怖がへばりついて頭から離れない。ココはいつの間にか呼吸が浅く早くなっていた。


「ココちゃん?平気?!」


 彼女の叫びにココは我に帰った。


「へ、平気です」


「やっぱり……無理はさせられない。カゲトの件はごめん。彼も私が守るからココちゃんはゆっくり……」


 シルダはココを気遣って踵を返して足早に宿屋から立ち去ろうとする。しかし服の裾を引かれた。他ならぬココにだ。


「私、この街が好き、みんなが大切です。やれるだけ……少しだけ……チャレンジしたいです……武器屋として……守ってみたいです」


 ココは絞り出すように言う。シルダは今にも泣きそうな目の前の少女の手を包み込むように握った。彼女の途切れ途切れの言葉の合間に肯定の意味で頷いた。



 気持ちを言い切ったココにに、覚悟したココに対しシルダが言えることはもう一つしかない。

「わかった。ありがとうココちゃん。でも無理はしないでね」


 

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