貧民街

「貧民街の子達のためにあなたはものを取るって言ってたでしょう?怪盗カードル」


 彼は屋根から飛び降り、ココをひと睨みしてから帽子を直した。そしてすこし間を置いてカードルは答えた。


「そうですね、商売人としてたまったもんじゃないでしょう?」


 彼のいうことは事実だ。ただで品物を持っていかれては売っている意味がなくなるようなものだ。ココもそれは肯定せざるを得ないが伝えたいことはもっと違う、別のことだ。

「うん……でもさ、貧民街の子が困ってるんなら助けたい」


 ココは箱に窮屈そうに入っているコーンを一本差し出した。無論全てこの貧民街の子供に配るつもりだが、カードルにも分けない理由はなかった。


「怪盗たるものが人からものをもらうなぞ聞いたことがありません」


「人を傷つけたくない武器屋の方が聞いたことないでしょ、はいどうぞ」


 半ば強引にココはカードルの胸にコーンを押し付けた。カードルは不思議そうにココからもらったコーンを握りしめる。


「怪盗カードル、他の困ってる子はどこ?」


「……ありがとうございます。しかし私が配っておきましょう」


「ダメ」


「なぜ?」


「怪盗だから」


「それなら僕だって子供のところにあなたを案内するわけにはいきません、危険です」


「なんで?」


「武器屋だからです」


 問答の後一瞬の静寂。そして2人ともすぐに吹き出した。怪盗カードルがココの武器を盗んだ時はこんなコミュニケーションを取る暇も、気も互いにはなかった。だから些細なやりとりが面白おかしく感じる。


「一緒に行こう?怪盗カードル。それならいいでしょう」


 ココは貧民街の奥の方へと歩き出した。それを見て怪盗カードルはまるで街中でモンスターーを見たかのように少し驚いた。


「どうしたの?」


「怪盗に背を向けるなんて不用心だと思いましてね」


 そう言いながらココの後ろ姿を見るとあることに気づく怪盗カードル。腰のベルトに空になった布袋がくくりつけられていた。


「なるほど?武器は完売。取られるものもないと?」


「そんなこと考えてないよ、予告状出すような律儀な人がいきなりぶんどるとは思わないもん」


 ココはおかしそうにくすくす笑いながら危険とも言われる貧民街をズンズン進んでいく。人通りも、ぶつかるものも少ないからか、何かをココは踏んだかもしれない、傷つけたかもしれないと確認に戻ることもない。チラチラ振り返る程度だ。


「もう少し奥です。子供たちがいるのは」


「わかった。ん?子供たち?……怪盗カードルは何歳なの?」


「14です」


 目を隠し、素性を隠している怪盗が思わず口を割ってしまった。しかしココは特段気にする様子もない。


「わあ、同い年!別の形で会えればよかったのに」


「本当に……あなたは優しいですね」


「そう?」


「そうだと思いますよ、とっても。加害に敏感なのに、被害に鈍感だ。僕のいる貧民街に足を踏み入れ、そんなこと言うなんて……」


 しばらく歩くと布を木の棒にかけた簡素な小屋が立ち並ぶ通りに出た。人々は石畳に座り込み、怪盗カードルと並ぶココを不審げに見つめる。しかしその中に子供が多いことに気づいた。


「ここが子供たちがいるところ?」


「そうです。本当に……もらってしまっていいんですか?」


「怪盗のセリフじゃないね」


 ココはそういうと箱を石畳に置く。ずしんという音ともに甘い香りが充満した。ココは大声で叫んだ。


「ご飯食べよう!」


 ココの声に雰囲気が一気にざわついた。不思議そうに子供達が小屋から出てくる。しかしココとコーンからは一定の距離を保っている。やはり危険が伴うこの通りでは、14歳といえどもココは少し怪しかった。


「あれ?きてくれない……」


「みんな!この人は大丈夫ですよ!」

  

ココは左に首を捻りそうになった。それほど早くカードルの方を向いた。優しい声に一瞬誰かと思ったのだ。


 カードルはベレー帽を取り、膝を折ったてしゃがみ込んだ。そして子供たちを呼び寄せる。

目線を合わせ、寄ってきた子供達一人一人に丁寧にコーンを渡していった。ココにとってその顔は怪盗とはかけ離れている気がした。


 ココも負けじと子供達と視線を合わせるべく膝を折る。すると1人の男の子がココの元へテクテクとやってきた。


「こんにちは」


 男の子はココの挨拶に消え入りそうな声で返した。そしてコーンをもらわずにもじもじとしている。


「いいんだよ。これはここの人たちにもらってほしくて持ってきたの」


 そう言ってコーンを渡すも男の子はまだもじもじとしてその場から動かない。視線も俯いたままだ。しかしいきなり顔を上げると絞り出すように言い放った。


「こ、ここの人の……ためにありが、ありがとうお姉ちゃん!」


 そう叫ぶと男の子はコーンを持って小屋に走り去ってしまう。そして小屋にかかる布からひょいと顔を半分だけ出してこちらを見ていた。


「どういたしまして!」


 ココがそう返すと、男の子は笑ってコクンと頷いた。そして彼はそれっきり顔を見せなかった。


「そんなにこれ美味しいんですか?」




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