コーン

 コーンはココたちの後ろに林立していて独特の甘い匂いが鼻と胃袋を刺激した。匂いに気を取られていると農家の小屋のドアが空いた。


「ホイホイどちらの方」


白い髭を蓄え麦わら帽子をかぶったおじいさんが桑を持ち、ドアの敷居の向こうに立っていた。彼はココとカゲトをみて不思議そうにしていた。


 帯刀している男と、武器屋の胸章とペンダントをしている少女。側から見ればかなり珍しい。ココに至っては14歳という年齢もその原因となっている。


「私ココって言います。この人はカゲト」


「俺はベイタ………武器屋のココというと聞いたことがあるぞ。武器を傷つけない使い方をする人にしか売ることがないという、魔法医者のレイナーがいっとった」


「そ、そうなんです。で、私たちベイタさんのコーンの供給が少なくなってるのを宿屋で知って………何かできないかやってきたんです」


ベイタは眉を釣り上げた。たしかに武器屋の小娘ともとナイトにやれることは少ないので、驚くのは当然だ。しかし2人は力になりたいのは本当だ。カゲトは若干ポタージュの誘惑に引っかかっているが。


「そいつは嬉しいね。最近コーンの育ちが悪いのだ。この前な?吹雪竜がここら辺を暴れながら通ったんじゃ」


ココはハッとした。おそらく吹雪竜が通ったとなるとコナユキのことだ。コナユキは自身の氷をうまくコントロールできず、パニックになって吹雪を起こしながら暴れていたのだ。その弊害が何処かに起きていても不思議ではなかった。


「冷害………寒すぎちゃったんですか?」


「いや、通りがかった時はなんとか魔法使いさんたちにまもってもらったんじゃがな?散らばった氷片やら氷塊やらが全く溶けないもんで困っとるんじゃ」


吹雪竜ほどのモンスターならば生み出した氷が溶けにくいのも納得いく話だった。そしてココより先にカゲトが話を始めた。


「俺は宿屋のポタージュが好きです。ベイタさんのお手伝いをさせていただけませんか」


カゲトは頭を下げた。手伝わせて欲しい、と頼むのは珍しいことだ。ベイタは再び眉を釣り上げ、焦った様子でそれを止めた。


 しかしココは彼らに触れず、ただ見ていた。カゲトが人のためなら一生懸命になれるのをもう嫌というほど見ているからだ。今更ベイタさんのために働こうと動くことは特段ココに驚きを与えない。しかしポタージュの誘惑はどうしてもココの頭をよぎって苦笑いを浮かべた。


「いいんかい?あんたら忙しく無いのか?」


「俺は平気です」


「私もです!」


ベイタとの距離を詰めに詰めていたカゲトに追いつくように一歩踏み出してココは言った。ベイタは驚きから嬉しさの混じった驚きに表情が移行した。ベイタはカゲトの手を握りちぎれんばかりに振った。


「ありがとう!本当に困ってたんだ!散らばった氷が多くてな!出荷先にも申し訳なく思ってたんじゃ!」


 カゲドは任せてください!と声高に言うと、背が高く、林立したコーンの農場へと走っていった。突風のような行動力にココは流石に少し茫然と仕掛けていた。一方の残されたベイタは嬉しそうにカゲトのかけていった軌跡を見つめた。その目には涙が浮かんでいた。


「いいやつだな………君ら!初対面の農家にここまで!」


「私は………農家さんって社会の原動力だと思ってます。背中を押す数が一番多いお仕事だって。………私も力には自信があるので行ってきます!」


「ま、待て!ワシも行く」


ココはベイタと共にカゲトの元まで向かうべくコーンの農場へと入っていくが、その広大さに驚いた。視線が自然と動き、スイートな香りを漂わせるものたちに資格も嗅覚も引きつけられた。


「すごいじゃろ?」


 少し遅れてついてきたベイタは歯を見せて笑う。ココがはい、と笑顔いっぱいで返すとそれより嬉しそうにベイタはまた笑う。


「はじめはちっちゃな農場じゃった。右も左もわからん。それにコーン一本じゃ。大変なこともあった」


「でもすごいです。コツコツ進んできて………いろんな人を笑顔にしてるなんて素敵です」


「そう言ってくれると嬉しいの………お、カゲトくんが見えてきた。そうじゃ、あそこらへんに氷がばら撒かれてるんじゃ」


コーンに幸いヒットしてないものの、林立するコーンの隙間に角ばった氷、氷片。開いたスペースには腰の高さほどの氷塊が見られた。そして氷塊が放つ冷気はとてつもないものだった。氷塊や氷片の周りだけ季節が冬になったかのようだ。


「すごい寒い………氷の近くにいるだけなのに」


「コーンも多分おんなじじゃ」


ベイタはコーンの木をかき分け氷片をバケツに投げ込んだ。ココもそれに続く。時々顔に葉っぱが触れてくすぐったいが、氷を取り除くために精一杯手を伸ばし、氷を掴んだ。しばらく拾っているとバケツが重くなっていることに気づく。


 ほとんど自分たちのいるあたりの氷を拾い終えベイタは次の場所に向かおうとする。しかし彼にココはついていかなかった。最近は調子がいいので忘れかけていた。しかし彼女は再び加害の恐怖に支配されていた。ココは自分の足跡をじっと見つめていた。虫もいないし草もない。ただ、土に自身の歩いた軌跡が刻まれているだけだ。


 しかし何か踏んだかもしれない、傷つけたかもしれない、ベイタの跡をついていけなかった理由はその恐怖だ。ココはベイタがこちらを見ているのに気づき、ハッと我に帰る。


「どうした嬢ちゃん?」


「な、なんでもないです………」


ココは恥ずかしがった。まだ治らない、向き合っているつもりなのに治らない加害の恐怖。他の人が歩くように歩けず、進むように進めない。彼女から見れば他の人は1日に使える時間が多いと思うほどだ。


 彼女はしばらくしてまたベイタの跡に続いて歩き出した。







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