覚悟
コナユキがココに渡した氷、それは吹雪竜の力を込めた氷である。最初からココはそれに気づいていたわけではない。しかし持ち歩いているうちに、コナユキの声が氷から響いているような気がしていたのだ。そしてもう一つ気づいた。杖でその氷に込められた粉雪の力を引き出せるのではないかと。
「………ありがとうコナユキ。あなたのおかげよ」
コナユキのくれた氷の力を引き出したココは怪盗の足を止めることに成功する。文字通りの足止め、凍りついた足は石畳と完全に接着していた。
「まさか………僕が捕まるとはね」
カードルはずれたベレー帽を直し呆れたように言った。諦めたのか、そうココが思ったのも束の間彼は素手で足元にこびりついた氷を剥がそうとし始めた。
「………まってそんなんじゃ剥がれ………」
「………うるさい!僕はこんなとこで捕まるわけにゃ行かないんですよ!!あの子たちのためにね!」
強引、その一言に尽きた。彼は痛みを感じてないかのように素手で氷をえぐり、はがし、腰を捻りそうなほど動かして無理やり氷を砕く。その必死の形相にココは呆然と見ているしかなかった。
「はぁ…はぁ…また逃げてしまいますよ?」
勝ち誇ったように呆然としているココを睨む怪盗カードル。しかし彼の体力はココが、ステッキはカゲドが削っている。事実彼はピンチなのだ。
しかしココの目的は勝つことではない。剣を返してもらうこと、剣を守ることだ。
「やめて………」
怪盗を前に少女が口にした言葉はありふれたものだった。完全なる被害者で、取り返す気概もカードルには感じさせない。カードルは拍子抜けしたようだ。
「………無理です。この剣は高く売り貧民街の子供達に平等に分ける。そのために僕はモノを取るのです」
「やめて………その剣を………傷つけることに使わないで」
「矛盾してますね!!武器屋なのでしょう⁈傷つけることの手助け以外何ができる!!」
「できる!!私は………武器屋は背中を押せる!………確かに私は傷つけることが怖い。本当に怖い!でも武器屋として、背中を押すことはやめない!!」
そう言い切った瞬間カードルは逃げることをやめ、ココに向かってきた。一直線に。ココは間一髪で伏せるが、彼は確実にココに危害を加える気でいた。真後ろで滑りながら停止する彼はゆっくりと振り返る。
「………そんな矛盾した奴が………自分の剣を、武器屋を守れるんですかね!守るのには強さが必要だ!!被害から身を、大切なモノを守るためには加害の覚悟が必要なんだ!それすら持たない君は!剣を僕に渡すべきだ!」
彼は敬語を忘れ、ココに叫んだ。怪盗として、貧民街のために動く彼はこの場から剣を持って逃げればいいということを完全に忘れていた。確固たる、純然たる自分、そう思っている怪盗カードルは対象のココが認められないのだ。
ココは彼の言葉に涙が出そうだった。彼女はわかっているのだ。矛盾しながら進んでいることに。進みながら矛盾していることに。先の丸い剣で突くようなモノだと。
ココの行動原理は弱いのだ。武器屋を全うするために武器を売る。しかし傷つけないことに使う客にしか売ることができない。ココはそれはわかっていた。
「加害の覚悟………確かにわたしにはないけど………自分の大切なモノを守る資格ぐらい持っててもいいじゃない!」
ココは再び杖を構えた。怪盗カードルはハッとして再び屋根に飛び移りその場から離れようとする。ココも同様に屋根に飛び移り後を追う。
「………武器屋の動きじゃないですね!」
剣を持ち、疲労のたまったカードルは先ほどより明らかに速度がおちていた。
「我が盟友よ、厚き冷気をふせよ……うねれ、凝縮せよ、風は氷より冷たく、風より俊敏なり」
ココの周囲に十個の渦巻いた吹雪を凝縮したような弾丸が形成される。そのターゲットはもちろん目の前をジグザグに走る怪盗カードルのみ。
放たれた吹雪の弾丸は着弾すると同時に旋風を撒き散らす。足元に着弾する冷気に鋭敏に反応するカードルには焦りの色が見える。残り九つ、彼は避けるたびに余分な動きが増える。よって残りの二つになった頃、冷気は怪盗を足元に二つの冷気弾を受けることになった。
「………またか!」
「今………!!」
屋根を蹴り、怪盗ガードルの袋に飛び込むように身を投げ出した。袋をキャッチした瞬間、ココは実家に帰ったような安心感に包まれた。
喜ぶココに対し、カードルは彼女を睨んだ。
「貧民街の子供達が傷ついているんだ!君のわがままで」
そこまでカードルが言葉を放った瞬間、彼の頬に痛みが走った。カードルは何が起きたがわからなかった。加害を避けた少女からビンタされるのは予想だにしてなかった。
「わがままはあなたよ。私もだけど」
「………わかってますよ!!怪盗はわがままだ。だが君が傷を負うことを恐れているうちに貧民街の子供たちはそれ以上に傷を負うだろう!」
「確かに私は傷を負うのを恐れてるのかもしれない。加害に加担したという心の傷が私につくことを。剣をあなたにとられてしまった方が、貧民街の子供達にいいってことも間違ってないかもしれない」
わがままな少年と少女は2人、屋根の上で睨み合う。
「守るのには傷つける覚悟が必要だし、それがないと大切なものが失われるかもしれないんですよ?」
カードルはすでに足元の氷を砕く気力も体力もなかった。ただ、ココに彼を捕まえる気がないので大した問題にならなかった。
「………それを今回私は学んだよ。傷つけることが………覚悟を持つことが………守るために必要な時があるって」
商売人として相手を見なさい、ある1人のレストランオーナーがココに行った言葉が彼女の胸に残っていた。目の前の怪盗は貧民街のためにモノを盗んでいる。あるべきモノをあるべき場所に置こうとしている。
怪盗はため息をついた。
「………その剣は諦めるしかないようですね。しかし………私はココで止まるわけには行かないので………」
無い気力、無い体力で怪盗カードルは足元の氷を砕こうと体を捻った。2人の間の対立はココの勝ちだ。しかしそれはカードルが捕まることを意味しない。ココにとってカードルはもう怪盗ではなく、自分が足止め、という加害をしてしまった相手だ。
ココが杖を振ると屋根に張り付いた氷と、ガードルの脚は再びたもとを分けた。
「………どういうつもりです?」
「私は商売人…あなたにもらった知識の分働いて返す」
「………というと?」
カードルは体についた氷片を払い、ベレー帽を直して言った。
「あなたが守りたいモノ、人の所に案内して」
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