怪盗と黒の剣

予告

 吹雪竜の出身は2人には見当もつかなかったが、氷の旋風をを鎧のように体に纏い、矢のように一直線に平野の向こうへと飛んでいく姿を見ると心配はなさそうだと感じた。


「コナユキ!お互い頑張ろうね!」

ココは手に口を当てて息を大きく吸ってから叫んだ。 優しくも強い咆哮が平野の向こうから響いてきた。ココは懐に受けつとった四角い氷を仕舞い込み、レイトの街へ、2人で再び向かう。


元々平野に出るつもりはなかったので、平野にこれ以上いるような装備も準備もないのだ。ここにいるのはレイナーという魔法医師が意外な行動をとった結果なのだ。しかしココに後悔はなかった。傷つけないやり方で使う人に武器を全部売るという目的に一歩前進だ。


「………ココが売る武器は後一振りの剣かい?」


「そう、杖は私のなの。先代は売り物だと思ったかもだけど」


ココが袋を開けると黒い剣は寂しそうに一振り、広くなった袋の中で揺れる。剣の声は聞こえない。しかしココ作ったものとしてしっかりと売ってあげたいという思いがある。その剣にココは私に任せて、というように視線を送る。


「そういえばココ、コナユキに触れたけど平気かい?吹雪竜の皮膚はすごく冷たいんだ」



歩きながらココが自分の手や胸や腹、足を見てもどこも怪我はなかった。痛いところも特にない。


「平気みたい?冷たいのを抑えてくれてたのかな?私とじゃれてた時は」


「………そうだといいな」


カゲトの横顔は笑っていた。ココには何が嬉しいのかわからなかった。でもネガティブナイトが笑っているのはいいことに違いない。ココもつられて笑顔になる。


 ようやく平野の向こうにレンガで作られた壁が見えてくる。平野の地平線から生えて来るように見えたそれはレイトの街を囲む壁だ。その壁に等間隔に関所となる入り口がある。


 2人が街に入ると平野にはなかった人々の声、聞き分けられない混じり合った音と嗅ぎ分けられない匂い、皆の活動を感じる。喧騒の中人をかき分けるカゲトはココの手を握っていた。


「大丈夫、君は何も傷つけてないよ」


まだココは人混み、というよりなにかをしてしまったかも、という加害の恐怖と心配が抜けていない。心の怪我と彼女が呼ぶそれは治ることはなかった。しかし今回は武器を売ったということが彼女の収穫だった。


 ココはしばしば後ろに目線をやった。誰も彼女に足を踏まれたとか、荷物を傷つけられたとかで睨みつける人はいない。その視覚的情報を差し置いても彼女の心配の方が勝っていた。


 だからカゲトが手を引いてくれるのは嬉しかった。他の人と同じように歩けているのだ。同じスピードで。同じように。


「ありがとう。カゲト」


カゲトの優しい強引さに感謝を述べるとカゲトは困ったように、恥ずかしそうに頭をかいた。


「別にいいさ。お、宿屋に戻ってきたよ」


 誤魔化すように彼は宿屋を指差した。ドアを開けると高級なカーペットに壁紙、10日前に見たの景色が目に飛び込んできた。実家ではなくても不思議と安心感がある。


 再び部屋を借りる2人だが、受付嬢がココの顔と胸元のペンダントを見るなり血相を変えて奥に引っ込んでいってしまう。


「ちょ……部屋………の鍵は………」


2人は残され、静寂と困惑のみが残った。しかしすぐに受付嬢は戻ってきた。手には一枚のカードと部屋の鍵が見えた。


「こ、ココさんですね!?こちらお部屋の鍵と………」


 受付嬢は鍵は手慣れた様子で渡してきた。しかしもう一つ、カードを持って渡すのを迷っているかのようにもじもじとしていた。


「そのカードはなんですか?」


「こ、こちら………予告状です」


横のカゲトが怪訝そうに目を細めた。ココは全く心当たりがなく、首を傾げた。予告状。なにを予告されているのかわからなかった。突然招待状をもらっても意味がわからないのと同じだ。


 受付嬢からカードを受け取ると上等な質感で、すべすべとしたそのカードはシルクハットをかぶった人の顔のような模様が刻み込んである。その裏の内容に2人は言葉を失った。


「予告します。武器屋のココさん。あなたの所有する黒の剣をいただきに参上します。怪盗カードル」

 

 刻み込まれたように黒く濃い字はココが読むと溶けるように宙に舞う。そして破裂音と共に消えてしまった。しかし驚きはしなかった。なぜなら予告状自体の驚きがココに取って重大だったからだ。


「か、かいとう?」


「ココの黒の剣をとりにくるつもりか…」


カゲトは宿屋のベンチに座りこみ、膝に肘をつき手で頭を支えてうなだれる。ココは彼がなにを悩んでいるのかがわかった。なぜならその悩みの原因が自身だからだ。


 ココは加害を恐怖している。つまるところココやその関係者、所有するものが狙われた時反撃することができないのだ。つまり怪盗にとっては目的の宝石がなんの防御もなくベンチに置いているようなものだ。


「………ココ、部屋から出ないようにして………」


カゲトは苦肉の策を彼女に伝えたが、彼女には届いてなかった。ココは震え、その場にへたり込んでしまう。心配した受付嬢とカゲトがすぐさま震える少女に駆け寄った。


「ど、どうしよう。武器を傷つけない使い方をする人に売ろうとしてたのに………取られたら………なにに使われるか………」


ガントレットを売ることに成功し、自信をつけてきた少女はもうそこにはいなかった。いるのは恐怖し、震える少女のみ。


カゲト静かに立ち上がり、窓の外を睨んだ。彼の視界から何か人のような姿形のものが一瞬にして消えてしまう。


「………怪盗カードル………!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る