心の怪我

 爪が、牙が風を切るような音とともに振り抜かれる。カゲトは避けることに思考のほとんどを使っていた。鞘でのガードも慣れてきはしたが、慣れてきたところに吹雪竜というのはあまりにも急で、無理がある。その爪は洗練された剣のようで、その体躯は俵のような重量感を持ち、鱗はダイヤモンドのように硬く、そしてハヤブサのように早かった。


「………近づけない!」


しかしカゲトはだんだんと目が慣れてくる。すると吹雪竜の攻撃がほぼ無作為なことに気付いた。すなわちカゲトを狙っているのではないのだ。全方向に絶え間なく攻撃しているのだ。暴れていると言った方がいい。


「………錯乱………いや………何か嫌がってる?」


「多分背中の氷のせいかも」


一旦距離を取ったカゲトの隣にいきなり出てくるココにカゲトは思わず剣をポロリとしてしまいそうだった。レイナーも当然のようにそこにいた。


「何をやってる!危ないぞ?!」


「危なくない!強いていえば危ないのは吹雪竜のほうだ!!」


レイナーの発言がカゲトにはわからなかった。しかしよく目を凝らすと暴れている吹雪竜の背中に多くの氷がこびりついていた。


「吹雪竜が背中氷を嫌がって暴れてるってことか?」


「そうだ!!吹雪竜とはいえまだ子供、氷のコントロールが効かずパニックになったのだろう。背中にこびりついてしまった氷が取れずよりパニックなのだ」


「あの氷さえなんとか取れば……」


「しかし吹雪竜の攻撃はガードで手一杯だ」


 この中の最高戦力であるカゲトが防戦一方なのだ。カゲトが氷を剥がしてやるような余裕はない。


 暴れている吹雪竜、平野を駆け巡る猛吹雪、その前に3人は何もできずにいた。しかしココは何かを思いついたように布袋の中に手を入れた。




「………レイナーさん。武器を売らせてください」


「は?この状況で何が………」


彼の白衣はだんだんとこおりつあてきている。医師のレイナーも焦りの色が見えていた。


「ガントレット一つ、レイナーさんならモンスターの生態もご存知でしょう。吹雪竜に素手で触れたば腕が凍る。でも………ガントレットならこびりついてしまった氷の治療ができます!」


ココの発言は突拍子もないものだった。しばらく静寂の代わりに吹雪の音しかしなかった。


「………わかった!カゲト君が相手をしている間に氷を除去し、吹雪竜の治療をしよう!だから君は離れていなさい!」


「いえ………私にもできることがあります!!」


ココはガントレットをレイナーに手渡した。今はお金の授受をしている場合ではない。レイナーがその黒いガントレットをはめ、具合を確かめるようにグーパーと手を開いたりとじたりする。


「どうですか」


「うん!精密な動きもできる!」


「ほとんどを攻撃的なのは通りません、私の………自信作です」


ココはどんと胸を叩いた。レイナーはそれを見るとにこりと笑う。カゲトもそれをみて心が少し落ち着いた。3人とも吹雪の真ん中、そして元凶の目の前だが、やるべきことが見えた今、心は前向きだった。


「ココ君はなにを?」


「あてて見せようか?ココ」


「いい!」


ココはそういうと息を吐いて杖を手に取った。手がかじかみ、杖を持つ手も震えている。寒さのせいだろうか、否。戦闘に身をおき、加害に近い行為に恐怖したのだ。しかし彼女はゆっくりと呟き始めた。守るため、助けるために彼女は呟き始めた。


「行くよ。…………精錬せよ、風になるまで、磨き上げろ、力を得るため………悔いを未来に刻まぬ約束を、これは修練なり………鋼の体躯を持たぬのならば疾風の速さを持たぬのならば……修練魔法!!!」


ココを中心に広がった紋様は吹雪を我関せずというように吹雪竜を範囲にすっぽりと入れた。


 練習、試し打ちに使う魔法。つまりこの中では傷つける行為は最低限となり、ほとんどダメージが入らない、そう言った魔法だ。高級な武器屋の店員や鍛冶屋で、魔法を使えるのなら習得を推奨される。


「レイナーさん、俺の後ろにピッタリとついてきてくださいよ!!」


「よし!任せた!」


飛んでくる氷塊を目にも止まらぬ剣撃で弾き、吹雪竜に近づいていく。目と鼻の先の距離まできたとき、カゲトは叫んだ。ただの叫びである。しかしその咆哮は吹雪竜の攻撃を集めるデコイとなるには十分だった。


「ありがとうカゲト君!さぁ治療を始めるぞ!」


カゲトは攻撃を一手に受けながらレイナーに注目が行かないようにしていた。ダメージが入らないような領域でも、攻撃を受ければ押されてしまい、十分に治療に集中できない。カゲトは作戦の肝だ。


「氷を割っていく………硬いな………よし剥がれた………む!暴れたことで少しだけ傷も………」


白衣から治療用具が出たり入ったりしていく。包帯やガーゼ、魔法薬を使う治療でガントレットはかなり役立っていた。吹雪竜に触れても凍らずに動き、氷を剥がすこともできる。


 その治療の中でも吹雪竜は錯乱したようにカゲトに向かって尻尾や冷気の吐息、爪で攻撃を仕掛けていた。カゲトはダメージを受けはしないが吹き飛ばされないように剣を構えて腰を低くして耐えていた。


「完了だ!」


しかし治療が完了しても、吹雪はそれに気づかないほどパニックになっていたようだ。いまだにカゲトは防御を続けていた。攻撃を受け続けた鞘から歪むような音が響く。


「落ち着くんだ吹雪竜!!もうこびりついた氷も、傷もない!」


 カゲト叫びは届かない。しかし吹雪のせいではない。理由は他のところにある、それをみてそう感じたココは魔法を維持しながらゆっくりと吹雪竜に近づいた。


「カゲト………ちょっと下がって………」


「ココ?なにを言って………攻撃を受ければ弾かれる!魔法の範囲外に出ればダメージを受けるぞ!」


「わかってる。私が使ってる魔法だもん。でも」


ココの切実な言葉にカゲトは覚悟を決めて防戦から素早く離れる。攻撃の矛先はココに当然向かうことになる。ダメージはいかないがその攻撃の重さはココを弾き飛ばすのには十分過ぎた。しかしココは姿勢を低く、タイミングを見計らい、全力で吹雪竜の腕にしがみついた。


「吹雪竜!!わかるよ!氷を使うのに氷に負けて悔しいのも!パニックになるのも!!矛盾はちょっとびっくりするよね?」


その言葉で吹雪竜は完全に停止することはなかった。しかしココの目には心なしか動きの激しさが小さくなったように見える。

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