吹雪竜

 モンスターを治療する魔法医者、すなわち癒すもの。彼に武器を売るというのは矛盾の極みだ。甘味処に胡椒を送りつけるようなもの。ココは布袋に入ったガントレットと剣に想いを馳せた。


 思い返せば武器を傷つけない方法で使う客を探す、というのはカゲト相手にしか成立していない。実質初めてなのだ。武器を傷つけない方法を考え出し、それを提案し、売るという行為まで持っていくのは。店で待つ武器屋としてではなく、無茶な売り込みだ。


「ダイヤつむりや他のモンスターが傷ついたのを助けるレイナーさんに武器を売るって………」


たしかに売ると決めたココだが、この矛盾を含む行為は打開策までにいくつもの鍵がかかっていた。


 レイナーは他のモンスターの診療に向かうべくすでに平野を歩き出していた。武器を売るためについていくが、傷ついたモンスター、調子の悪いモンスターに治療を施す彼に武器をみせる気が起きなかった。


時間が経つにつれて自信をなくしていくココにカゲトは幾度も平気だと、俺が前例だと、語りかける。


「タイミングはくると思う」


そういうカゲトも自信がなさげだ。しばらく経つとレイナーさんは小屋に戻るためにUターンする。


「そこのネガティブな2人組!今日は帰る!明日も同じことをするぞ!」


小屋に戻るとレイナーは寝袋を三つ取り出した。

レイナーはレイナーで心の怪我の治療をしている。だからこうして自分に同行することを許可してくれているのだ。それをわかっているからこそ、自分の心の怪我とレイナーの優しさでココは板挟みになっていた。


それから9日目になってもその気持ちと状況は似たようなものだった。モンスターを探す探索のために剣を売り込んで見たが、杖でどうにでもできる、とレイナー。色々武器の傷つけない方法を考え出してみたが、アイデアは頭打ちだ。小屋から出る足取りも重くなっていた。


「申し訳ないが今日でレイトの街の診療所に戻らなくてうはいけない!君のいう心の怪我は治せなくてすまない!」


レイナーは頭を下げた。


「そ、そんな!私がまず無理なことを………こちらこそごめんなさい!」


加害に対する恐怖も、売る客の限られた武器も全て残ったままだ。しかし力を尽くしてくれたレイナーに対する感謝は心一杯に持っていた。


「じゃあ……この小屋も片付け………伏せろ!」


直後真上を氷塊が通りすぎだ。ギリギリ小屋を畳むことに成功したレイナーは氷塊の飛んできた方向と逆に杖を構えた。


「な、なんだあの氷塊!」


「2.3メートルはあるね」


「2人とも警戒するんだ!これは吹雪竜!!」


氷塊に目を奪われていたココとカゲトはその声で振り返った。レイナー杖が向けられた方向には体調2メートル、白銀の吹雪竜の子供が暴れていた。あたりに氷塊を吐いては暴れ、暴れては吐く。平野は氷に覆われつつある。


「なんでこんなとこに吹雪竜がいるのかわからんが………ココ、カゲト、ワープの手段は!」


「持ってない………ココは?」


「その魔法は練習したことない!」


あたりには氷塊だけでなく、吹雪いてきてもいる。足元が氷に覆われ、逃げることもできない。ココと魔法医者のレイナーに止める術はなかった。


「このままじゃ多分レイトの街も危険だ。最強のナイトはおそらく今首都にいる。直近で対処できるのは俺しかいない」


カゲトは半ば本能的に前に出て、剣に手をかけた。しかしそこには鎖が、約束があるのを忘れていた。


 剣を抜きかけたカゲトは吹雪の中、見えにくいがココの方を振り返った。ココは申し訳なさそうにカゲトを見返した。


「ココ………見てろ。俺は平気さ。ココとの約束は守る」


以前のネガティブさをかけらも見せず、にこりと笑うと吹雪の中を突っ込んでいった。まって、そのこえは吹雪にかき消された。レイナーは魔法でココと自分の前に壁を貼った。カゲトとは完全に隔絶されてしまったようだ。


「ココ………君とカゲトの仲は知らないが約束というのは?」


「私が売った武器は………傷つけることに極力使わないで欲しい」


その約束はこの局面ではリスクだらけだ。吹雪竜は街に出現すれば何十人ものナイトや魔法使いを町中から集めて対処しなければならない。子供とはいえ吹雪竜に単独で、しかも傷つけることを極力避けるのは危険過ぎた。


旋風は氷片が混じり、見せず近づくものを削 りとっていくようだ。カゲトは氷片を見切り、風の流れ、を計算しながら吹雪竜にジグザグに突進していた。氷の弾丸たちは容赦なくカゲトに向かっていくがなんとか鞘のままカゲトは弾き、ついに吹雪竜の攻撃を掻い潜り、その姿をはっきりと視認する。


「見えた!申し訳ないが気絶してもらう!」


カゲトは鞘がついたまま銀の剣を振るった。当然重く、インパクトの感触も違う。しかし自分にとってココとの約束は何よりも大切だった。


 金属がかち合わされたような音が響き渡る。鞘は確実に鱗にヒットしたが吹雪竜は気に止めないようで、その爪をカゲト目掛けて振り抜いた。


「危ない………!!」


まつ毛を擦るほどギリギリで避ける。しかしそれは再び吹雪竜との距離が遠くなったことを意味する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る