診療所

 ココとカゲトが集合場所とした宿屋はレイトの街で1、2位を競うような人気の宿屋近くの農場と契約し、宿屋の売上をその農場に提供し農場はレベルアップしていく。年々その人気を増す宿屋を取れたのはココが銀の胸章を持つ武器屋だからというのは2人は全く気づかなかった。


「よし………問題が一つ」


「一部屋しか取れなかったね」


「まぁ広いからいいか」


 カゲトは街を見て回った感想を共有する暇もないほど一直線にベッドに飛び込む。ココはゆっくりと布袋をベッドの横に置いてからベッドに腰掛け、壁に寄り掛かった。ココの知っている宿屋はベッドは軋み、壁紙は若干古いものというイメージだったが、ココは自分に似合うか自信がなかなるようなほど調和の取れたデザインとサービスの良さだ。


「………カゲトは今日どこで何をしていたの?」


「俺は今日自分の目標を探してた。」


「目標?」


「そう。君に負けてられないからな」


カゲトはココの剣を働いた分で払うということになっていると同時にココを守るという役目だ。それだけでもココはありがたく、カゲトが素敵に見えたが、まだ進もうとしている彼に少し驚いた。


「………私の目標は………自分でハードルを上げているだけだから………」


「君は俺に似てネガティブだよな」


「カゲトも?」


「………まぁな。じゃなきゃ、やり方を否定されたからと言って騎士団をやめて、人を守るという小さい頃の目標を忘れるほど気分が沈まないよ」


カゲトは腕を組んで枕にし、目を瞑りながら語った。ココはそれに少し笑って返す。


 ネガティブで、脆いかも知れない。しかしネガティブだけど自分たちは進んでいる、少しだけど進んでる。


「………私は今日商売の許可ペンダントもらって売り込みをしたよ」


「どうだった?」


「布袋の重さは変わってないよ」


「そうか………でもまだ1日目だ」




レイトの街が朝の活気を感じさせる朝。2人は宿屋のホールで朝食をとっていた。ちょっぴり贅沢、ともいかず一番安い食事を選んだ。なぜなら旅のお金がいつ尽きるか、いつ収入が入るか分からないからだ。


 しかし彼らの朝の眠気と空腹問題を解決するには十分すぎるほどの食事だ。


「カゲト。今日私………都市に来たら行ってみたいところがあるの。ついてきてくれる?」


「もちろん、君を守るのが役目だからな。どこか武器を売れそうなところを見つけられたのか?」


「違うの」


カゲトは首を傾げた。対して首を前に少し倒し、少し顔を伏せるココ。ココはゆっくりと言葉を選ぶように、絞り出すように話し出した。


「私は加害が怖い。それが結構……過剰?なの。何もない地面に顔を近づけて何か踏んでないか確かめたり、何か傷つけてないから確認しに行ったりきたりするの。行動するにも………遅い、時間がかかる」


 カゲトは彼女の告白を黙って聞いていた。カトラリーや食器に手も触れず、ココをじっと見つめる。行動したくても行動できない、その辛さを想像はすれど本質的には理解できない、戦いに身を置いていた元ナイトのカゲトには特に。


「そういうのを相談できるところに行ってみたい」



彼らが朝食の後街に繰り出したのはそれから約1時間後だった。ココは行きたい場所を明確にはカゲトに伝えなかった。しばらく歩くと街の中心、レンガや木の組み合わせで建てられた役所が見えてきた。



「役所は昨日行ったんじゃ?」


「その横」


ココは手短にさらりと呟くように言った。ココは突然カゲトの手を引いた。カゲトの鍛えられた体感でも大きくバランスが崩れて、視界が大きく揺らぐ。


「ココ?!」


「ごめん、あんまり人に見られたくない!」


ココは彼を引いて一軒の建物の前で立ち止まる。カゲトが看板を見るとそこが診療所と分かった。


「診療所?どこかケガでもしたのか」


「ねぇ………心にケガってすると思う?」


カゲトにとって背後から弓矢を打たれるよな、鋭く唐突な疑問だった。しかし今日初めて真正面から見るような気がするココの目がすこしうるんでいるのを見て冗談でも比喩でもないと感じた。


「心にケガ………あると思う。心理戦って言葉があるだろ?それに………ごめん語彙力が足りない」


「ううん。ありがとう」


カゲトはココという人間をまだ完全に理解できていない。しかし今彼女が自身の加害に対する恐怖を心の問題として、克服しようとしているのだと分かった。


「でも診療所で治せるのは傷や病気………見えるものだ。君のソレは優しさの一つだと俺は感じてる。個性だと」


診療所のドアの取手に手をかけ開きかけたココはその言葉でピタリと止まる。


「分からないの。この加害の恐怖を克服するのが先か、これと付き合い妥協して武器を傷つける使い方をしないお客さんを見つけるのが先なのか」


カゲトはポリポリと頭をかく。目の前の少女の悩みを解決してあげたくてもそんな知識は持っておらず、自分に何ができるのかわからなかった。


「でも君は進むと決めた」


それだけだった。カゲトはどっちつかずの言葉を放った。ココはドアの取ってから手を離し、顔を両手で覆い座り込んだ。

「そうね。ありがとうカゲト。でもどうしたら」


「そこの診療所最近先生が休みだぞ!」


街を行き来する人の中に聞き覚えのある人の声がする。カゲトは振り返り、ココはパッと顔を上げた。昨日自身に商売許可証をくれたサイドテールのレイが役所から出てきたところだった。


「先生は腕がいい回復系魔法を使う魔法医師なんだけど………最近診療所閉めてるんだ」






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