魔法医者とガントレット

レイトの街

 ココが自分の武器屋としてのスタイルを伝えると女性は飲み込むのに時間がかかっていた。傷つけることに関わりを持つのを嫌いつつ自分の武器屋という仕事を遂行しようとしている、矛盾しているような彼女を理解するのは難しい。ココ自身でさえ自分の矛盾には混乱させられる。


「なるほど?まぁ……頑張れ!」


彼女が考えに考えた末になんとか振り絞った言葉だ。彼女は完全には無理でもココをなんとか理解しようしてくれたみたいだ。そしていつのまにか人々が役所の人とパーテーションをはさんで会話をしたり書類を整理したりしているカウンターのような場所にたどり着いた。


 レイというそのサイドテールの女性は商売関係の部署の署員だったらしく、許可はすぐにもらえることになった。カウンターや引き出しなど様々な場所に手を伸ばしては、何かを書き込む彼女を少し待っていると、レイはココの元まで急いでやってきた。


「待たせてごめんね?ココだっけ?」


「はい!ココです」


「これが他の街から来た武器屋用のペンダント、無くしちゃダメよ?」


 レイは膝を曲げてココのロングヘアーをかきあげるように手をまわし、ペンダントを取り付けた。くすぐったさで思わず目を瞑るココだが、目を開けるとニカリと笑うレイが目に飛び込んでくる。


「いいね!かっこいいよ!………どんな事情があるのか知らないけれどこの街はいいとこだよ。やれることはキョロキョロしてりゃ見つかるさ。さ、行って来な!」


ココの背中をドンと押すレイ。レイの手は優しくも強い物だった。嬉しいながらも礼儀としてココは口をギュッと結んでペコリと腰を折った。


 その時にはもう彼女は書類作業や備品整理の仕事へと戻っていた。彼女にとってはペンダントを渡すこと、商売許可も仕事の一つだろう。ココの相手も何百もやってきたやりとりに違いない。しかし彼女の言葉はとてもありがたかった。


 役所から出るとまた違った喧騒、服装が街並みに蠢き、ココの耳や目に飛び込んできた。木と石で器用に組まれた町並みは都市といえどもどこか懐かしさを感じさせる。観光に来てもいいぐらいだとココは当初の目的を忘れさせるほどの景観だった。


「よし………お客さん探すぞ」


ココは指を喧嘩の前のようにパキパキッと鳴らしてから歩き出した。背中を押された温もりが、応援が、自信が残っているうちにココはお客さんを見つけたかった。


 ココが石畳をならしてキョロキョロと首を回していると一つのレストランが目に入ってくる。レンガで建てられたその建物は周りの店と比べるとこじんまりしている。ココが足を踏み入れてみるとマスターらしき人はカウンターで居眠りをしていた。お客さんはいないらしく、レンガの向こうの騒がしく楽しい空間とは完全に隔離されているようだ。


「すみません」


「ん……おぉ………いらっしゃいませ………お好きな席にど」


「ごめんなさい、違うんです!」


マスターのゆったりした接客を遮ってココが言葉を放った。マスターは眉を釣り上げた。不思議そうにこちらに近づいてくる。ココは武器の売り込みという訳の分からないことをやろうとしているが、引く気はなかった。そりゃいらないと言われたら引くが。


「違う………とは?」


「私は武器屋なんです………今日この街に来た」


「その銀のペンダントで分かりますよ、その若さで………13、14くらいですかな………立派です」


 ココは武器屋として立派と言われるのは嬉しくも少し他の武器屋に申し訳ない気がした。加害に関連したことに使わないお客さんを探しているからだ。まっとうな武器屋とは違うかも知れない。


「そんな………ええと、私武器を売りたいんです」


「ほお……しかしここはレストラン………戦士、兵士、ナイト、魔法使いが武器や杖を下ろし、カトラリーに持ちかえる場所です」


「も、もちろん分かってます。戦うためじゃなく………例えば包丁の代わりとか………」


ココは布袋から黒の剣を一振り取り出し、マスターに見せた。武器をマスターは見慣れているのだろう。驚きもしなかった。


「壁にかける………飾りとか………?」


ココは自身なさげに呟くように言った。マスターの方をチラリと見ると、マスターはココの瞳の奥を見つめているような気がした。


「武器として武器を使って欲しくないということですかな?そして武器を武器として使わないような客を探していると」


「………はい。でも矛盾した武器屋でも私は前に進みたいんです。だから需要を求めてこの街に来ました」


「なるほどね………」


マスターはココの持つ一振りをじっと見つめて手に取った。しかしすぐにココの布袋に入れてしまった。


「ダメですか?」


「………いえいえ、いい武器だと思いますよ。しかしカトラリーと調理器具以外はいらないかなと思いましてね。飾りは割ともう完成されてますので」


マスターは親指で壁をしめした。屋敷のじゅうたんのようにカラフルで質の良い壁紙だ。壁がそれだけで飾りとなっているようだった。


「………ふふふ。武器屋さん、商売の先輩として………まぁジャンルが肉と野菜ぐらい違いますが………アドバイスを一つ。相手を見なさい。誰かはあなたの武器をあなたの使い方で必要とすることでしょう」


マスターはまたゆっくりとカウンターの方へと戻り椅子に座った。ココは呆然とアドバイスを受けるのみだ。


「その年齢でその悩み、自分でいっぱいいっぱいでしょう。しかし………自分を、自分の売りたいものを見てもらうためには………相手を見るべきかと。まぁ……客のいないレストランのマスターのアドバイスです」


マスターは自嘲するように笑ってから新聞を開いた。ココは少し俯いた。売り込みとはいえ確かに、向こう見ずすぎたかも知れない。店の飾りなら壁紙でこと足りていた。レストランなら包丁にも困ることは考えづらい。


「すみません!!お邪魔しました!お話聞いていただきありがとうございました!!」


ココは逃げるようにその店からお礼を言ってレストランの扉を閉めた。出る瞬間、頑張って、ときこえてきた。ココはため息をつき、レストランの壁に寄りかかった。


「まだまだだな………」


黒い毛髪を壁に背中と共に擦り付け、彼女はその場に座り込んだ。


「カゲトは何してるかな?………宿屋にとりあえず戻らなきゃ」


ココはよろよろと立ち上がり、宿屋へと向かう。


 

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