ギリギリのやり方②

 盗賊のリーダーはうずくまる盗賊に回復薬を渡していった。回復したものから順に馬車やそれに連なる箱に戻っていく。


 一方カゲトと毒使いの盗賊はついに激突した。カゲトのつか打ち。それは見事なまでに毒使いによけられてしまう。スライドするように避けた毒使いが反撃に出る。


「ほい!!」

 掛け声と共に放たれる剣撃をカゲトは鞘の上から銀の剣で受けるも鞘付きで戦ったことなど彼にはない。かっての違いで防御が思うように出来ず、だんだんと相手の流れるような剣が体にかすってしまいそうな感覚が強くなっていった。


「毒は食らうわけにはいかないな……」


金髪から汗が滴る。肩で息をするカゲト、剣を持つ手も震えていた。毒使いがじりじりと距離を詰めてくる。2人の剣が再び交わされるか、という時に少し離れたところから声が聞こえて来る。


「………大丈夫………あの人を助けるんだ…精錬せよ、風になるまで、磨き上げろ、力を得るため………悔いを未来に刻まぬ約束を、これは修練なり………鋼の体躯を持たぬのならば疾風の速さを持たぬのならば……」


 ココを中心に幾何学的な文様が同心円状に広がった。カゲトと毒使いは思わず真下に広がる紋様を見て飛び退くも紋様の広がるスピードは2人の目測を大きく上回り2人の足は紋様ゾーンに着地した。


「………これは………!」


「私は武器屋のココ………これは試し打ち、試し斬りに使える魔法………この中じゃ絶対に両方に傷はつかない………」


ココは震える手で杖を掴みながら叫んだ。自覚があったのだ。戦闘行為の背中を押しているという自覚が。カゲトはすぐさま彼女の意図を理解し、動いた。毒使いは一瞬遅れて彼に反応するもカゲトの動きに驚愕した。


「掴んだ⁈」


毒の塗られた剣を物ともせずカゲトは掴み剣筋を逸らした。ガクンと毒使いの耐性は崩される。予想だにしない行動に毒使いの表情に焦りの色が見えて来る。カゲトはその一瞬、一呼吸の間にも満たない間隙をついた。


 ココもまた見逃さない。剣筋が逸らされた瞬間魔法を解除した。正真正銘の戦闘に戻ったのだ。紋様が足元から消えてもとの砂の地面がまた見えた。


カゲトの抜刀、納刀その二つの音が重なって聞こえる程早く放たれた持ち手によるつか打ち。毒使いは放たれた矢のように鋭く、重い一撃に沈み込んだ。


 「ふふふ、元ナイト同士の対決は………君の勝ちか………」


「………そうだ。俺たちの勝ちだ」


カゲトは汗を拭ってから体の向きを翻しココの元へと向かう。彼女は杖を持ったまま気絶しているかの如く動かなかった。


「………ありがとう。助かった」


少し遅れてココは状況を飲み込んだ。あたりを見渡すと毒使いは倒れ込み、目の前には自分が剣を渡した相手が立っている。


「………う、うん………あなたも………私に気を使ってくれてありがとう………」


カゲトの握る剣の刀身が今回仕事をすることはほとんどなかった。代わりに持ち手の部分が少し傷がついていた。


 もう一度あたりをココが見渡す。盗賊に捕まった人々は無事だ。安心してその場にへたり込む者いた。盗賊の方は苦々しげに長髪のリーダーがこちらを見つめている。カゲトが再び剣を取ろうとしたが、彼は毒使いに肩を貸しながら馬車へと戻っていく。


「………矛盾した二人組だな。俺たちの負けだ」


そういうと盗賊たちは馬車を走らせ、その場から去っていった。戦闘があったとは思えないほどにその場には静寂のみが残った。


 その静寂を破ったのはカゲト。ポリポリと鼻をかきながら横向きに持ち、ココの前に立った。


「………人を傷つけてはいない………と思う………極力………」


「うん………」


「………武器屋としては矛盾していて………武器を傷つけることに使われてしまう、そのことが………怖いのはわかった………でもこれだけは言わせてくれ」


「………なに?」


ココはギュッと杖を握りしめ、少し自分より背の高いカゲトの目を見つめた。カゲトは深呼吸をしてから、言葉を慎重に置くが如く優しく言った。


「君のおかげだ。君の武器のおかげだ。君の行動のおかげだ。みんな助かった。武器屋として戦闘目的で売るのが怖くても………君は前に進んだ。俺の背中を押してくれたから俺の胸があったかくなった。………いい武器屋だ」


ココは驚いた。武器屋失格、そう言われても仕方がないと自分を卑下していた。当たり前だ。武器屋なのに傷つけるのが、加害が怖かったのだから。しかしカゲトの言葉で思い出した。武器屋とは、先代はどうだったのかを。いつも武器を打った後に店を出るお客さんの背中が見えなくなるまでにこりと笑って見つめていたのだ。


「………背中を押してたのかな……あれは………」


「なんの話?」


「ううん………私の話。そう言ってくれて嬉しい。自分を失格だと感じてたから。背中を押せたのなら……まぁ………よかった。加害はすんごい怖い。でも、人の背中を押したい、傷つけない使い方をする人に売って……それがなんだかわからないけど………」


ココは絞り出すように語る。それをカゲトは少し俯いて、少し頬を緩ませて聞いている。


「………ココ君はこれからどうするんだ?」


「………そういうお客さんを見つけて、武器を売るの。難しいかもしれないけど。私は武器屋だから」


 そうか、とこぼすようにポツリと呟くカゲトは銀の剣隅から隅まで見渡していた。彼の胸中には二つの思いが混在していた。ありがとう、そしてごめんなさいだ。


「ココ………君の商品を買う前に使ってしまったけど俺にはこれほどの剣を買う金がない………」


それを聞くとココは腕と首を同時に振る。


「い、いいの!私達を助けてくれたんだし」


「………なぁココ。出会ったばかりの………それも女の子に言うのもなんだけどさ………お金の代わり………に君を守らせて欲しい。もちろんお金が手に入ったら払う。これからの武器を売るたびに同行させて欲しい」


カゲトは少し恥ずかしがりながら言った。少し俯きポリポリと頭を描く彼は先ほどまで凄まじい技量を見せたナイトではなく等身大の15歳の少年だった。



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