隣町
息を切らしながらココは走っていた。置き手紙を置いて、武器屋としての使命を放棄してここまで少しも休まずに駆け抜けてきた。彼女の住む街の隣町、景観はそこまで変わらないが見知らぬ顔ばかり。ココは疲れのあまり膝に手をついた。短髪から汗が滴る。
「はぁ…はぁ…わっかんない!!売ったら売ったで何か傷つく………でも私は武器屋なのに………無責任なのかな」
ふと口から出た本音だった。疲れのあまり気持ちにセーブがかからなかったのかもしれない。彼女があたりを見渡すと商店街の喧騒、勘定、喧嘩、色々と情報が入ってくる。しかしそれらは武器屋という加害が付き纏う職業と自分が加害を恐怖していることとの矛盾を解決してくれるとは考えられなかった。
手から膝を離し、汗で濡れた体を起こした。ひとまず深呼吸。ココは自分の中に渦巻く気持ちがわからないまま歩き始めた。石畳をしばらく歩くと彼女の目の前に喫茶店が見えた。自分の店と同じく少し歪んだドアは風に揺れてグラグラしていた。窓ガラスも割れているのか一部には木片が貼り付けられていた。しかし中には人がおおく、賑わっている。ちょうどカウンターが一が空いているのに目をつけたココは入店することにした。
店の中は外観からは予測もできないほどのものだった。几帳面なほど精密に並べられたテーブルとレイアウト、店の雰囲気をより優美にする装飾、埃ひとつないカーペット。美しいという言葉が形を持ったかのような店内だ。
「いらっしゃい、カウンターでも?」
「あ、はい。平気です」
武器がいくつか入った布の袋を床に置き、椅子に腰掛けるとスッと目の前に手際よくように出された。そちらを見ると14歳のココと同年代と思われる男性がぴっちり制服を着こなして注文を取ろうとしていた。
「お決まりですか?」
「コーヒー…」
「……はいよ」
無愛想に注文してしまった自分を責めつつココは注文を待つ。足元に置いた布袋は武器屋としては有り得ない行為だ。武器を一纏めにそれもちゃんとしたケースに入れないのはイレギュラーだ。しかし不思議と自分の作ったものには申し訳なくはならなかった。
コーヒーがことんと音を立てて目の前に置かれる。そしてその場を立ち去ろうとした先ほどの店員をココは呼び止めた。
「何か?」
「すみません。さっきはなんか無愛想に注文しちゃって」
すると店員は風船に穴を開けたようにぷっと吹き出した。営業用のスマイルとも違う本当の笑いのように見えた。
「ははは………いや。あやまってくる人はいなかったな今まで。そういうの気にするタイプなんですね」
「すみません…自分でやってしまったと思うと心配になってしまって」
その店員はカウンターに体を預けて彼女の話を聞く。他の仕事はそっちのけだ。
「お仕事は?」
「一応武器屋です」
一応、という響きに眉を釣り上げた店員にココは事情を事細かに説明した、端折るべきところも細々と話したのに彼は嫌な顔一つせずにカウンターに肘をついてきいていた。
武器屋なのに人を傷つける行為に間接的に触れたくないという矛盾は彼女的には恥ずかしいものだった。しかし相槌を打ちながら聞いている店員には自然と言葉が出てきた。
「変ですよね」
「変だね」
店員はばっさりと言い放つ。ココは少し俯いてコーヒを傾けた。やはり変なのか、他人に言われると一層心にくるものがある。しかし店員が次に呟くように言った一言はココの思いもよらないものだった。
「でもそういう意味で言ったら………矛盾なんで人にはたくさんあるでしょ」
店員はココに顔を近づけ、ココの真後ろのお客さんをこっそり指差した。そこには猛烈なスピードで筆を進める帽子をかぶった少年が座っている。コーヒはほとんど減っていないようだ。
「あの人魔法使いになるため勉強中なんだって。喫茶店に来てるのに。ゆっくりしたいのか、なんなのかわかんないよね」
「言われてみれば………」
「でもさ。嫌いじゃない。進もうとしてる人は嫌いじゃない」
店員はココの目の前にもう一つコップを置いた。その衝撃でコーヒーがゆらゆら揺れている。そしてその上からミルクの入った小瓶を傾け、ゆっくり注いでいく。不思議な模様を描いてミルクはコーヒーに溶け込んでゆく。
「矛盾を抱えて、色々混ざってても………うまいもんはうまいよ。ゆっくりしたいのか勉強したいのか、武器を売りたいのか傷つけたくないのか」
店員はグイッとそのミルクの溶けたコーヒーを飲み干した。店長に睨まれているが気にしていないようだ。
「混ざっててもいい感じになるかもしれないでしょ?あの勉強してる人みたいに。ミルクの入ったコーヒーみたいに」
店員はパチンとウインクをしてやっと通常業務へと戻っていった。ココは目の前の真っ黒なコーヒーを見つめた。自分はコーヒーのように一色じゃない。混ざっている、矛盾している。しかし上手くなれる。前に進める。店員の言葉が胸と頭の中で何回も反響する。
ココはコーヒーを飲み終えると布袋を背負って支払いを済ませようと受付へと向かう。対応してくれたのは先ほどの店員だ。
「250ゴールド」
「はい………あの店員さん………私なんとか進んでみます。矛盾してるかもだけど………武器は責任持って売ってみようと思います」
店員は眉をピクッと眉を動かしこちらをみたが、すぐに目線を戻す。
「いいんじゃないかな。混ざってても場合によっちゃいいん感じになるし。ココアだって甘くするために何かしら入れてるし………またのご来店を」
「はい!ごちそうさまでした」
ココは店から出て、再び石畳の町へと踏み出した。ゆっくり彼女は歩き出した。
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