門出
戦士が武器屋に駆け込んでくる。枠と合わなくなって軋むドアを半ば強引に開け放ち、石畳から境を跨いで店の床へと足をバタバタさせて踏み入れた。彼の視界に入ったのは先代のマスターが椅子に座っている様子だった。戦士は少し冷静になって店の四方の壁と棚を見渡してみて驚愕する。彼の目には武器が愚か防具すら目に入らなかった。ブランクという言葉がよく似合うその店内は歴戦の戦士で、武器屋によく出入りする戦士を驚かすのに十分すぎだ。戦士はその光景に言葉を失いながら店内の奥へと進んだ。
「マスター………ココちゃんがいなくなったって?」
「………旅に出た」
「旅にって………あの子はこの店の………あんたの後継だろう!」
戦士は鎧をガシャっと鳴らして詰め寄る。先代は何も言わずに彼を制した。そしておもむろに立ち上がると幾枚かの設計図を戦士に見せる。
「あの子が書いた武器の設計図だ。昨日まで並んでたのは全部あの子が作ったものだ」
「………先代とは随分………見た目も機能も違うな?」
「そうだ。ここはもうあの子の店だ。俺が口を出せることではない」
「でもあの子が………マスターがいなきゃこの店は」
その先は口に出さずともわかっていた。引退したマスターの後を継ぐはずの娘が失踪。そして店内には見る限りひとつも武器がない。武器屋としては致命的だ。店を畳むと言ってもおかしくはない状況。レストランにカトラリーと食材がなく、服屋に服がない、おまけに店員もいないとなれば店を畳むのも致し方がないというようなものだ。
「なぁ先代………何があったんだよ」
「あの子は迷惑をかけることを恐れている。ココは人やものを傷つけることを恐れている。間違ってはいない。ただ過剰な時がある」
「………そいつは武器を売るって行為も例外じゃないと?」
「そうだな。間接的に何かを傷つけてるからな。でもココはあんたら戦士たち、魔法使いたちが人々を守るために戦ってるのも知ってるし尊敬もしていた。矛盾を孕んでるんだ。武器屋としては」
先代は殺風景な店の棚や壁を見つめる。並んでいたはずのガントレット、銀の剣と黒い剣、そして魔法の杖をイメージして先代は目を瞑る。そして孫娘、ココに想いを馳せる。
「俺は待つつもりだ。あの子の心の整理がつくまで。二振り、一対、一本の逃避行の帰りを待つ」
「それまでこの店は?」
「あんたらがメンテナンスにでも来てくれりゃまぁ2、3年は持つだろう」
先代は戦士に向かってニヤリといった。戦士は深く息を吐いた。武器屋として危うい、しかし人としては間違ってはいないであろう2代目のことを考える。そして心配と同時に興味が湧いた。あの子はどうなって帰ってくるだろうか、と。
「ははは………いいぜ、マスター。ただ、ココちゃんがどんな考えに至っても恨んでやるなよ」
「当然さ。俺は孫娘を大切に思ってるからな」
その後、おくれて先ほどまで戦士とお茶をしていた魔法使いが店内に入ってきた。店内には目もくれず、中で2人談笑し、茶を飲む2人を不思議そうに見つめた。魔法使いは先程自分の前から焦ってココの心配をして走り出し、会計を忘れていった戦士に言う。
「会計はしておいたわよ。でも……そんなゆっくりして……何してるの?」
「ココちゃんの門出の祝いさ」
「フゥン………本人がいないのは不思議だけど………私も参加するわ」
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