遁走

 武器屋のマスターが2代目になる頃には看板は寂れ、ドアは軋むようになった。直すような資金もなく最近就任したマスターであるココはカウンターに肘をつき、うつらうつらしながら辛うじて体を支えていた。


 店を見れば剣が2振り、魔法の杖が一本、ガントレットが一対。商売をやっていく上で商品が四つしかないというのは刃が欠けているようなものだ。ものはいいが高い。しかも最近の流行しているような武器とはデザインが程遠い。入ってきたお客さんも手に取っては首を傾げて棚やラックに戻してしまう。では新しく発注するかと思うも、そのたびにココは帳簿を見て頭を抱えるのだった。

 

「人来ないし…散歩でも行こうかな」


ココは軋むドアにかかるプレートをクローズドの状態にしてから街へと出た。途端に、とはいかないまでも歩いて行くと喧騒が耳に、食べ物の匂いが鼻に入ってくる。八百屋の店員が戦士のような人に物を売っている。魔法使いのような人が服を選んでいる。


 そのどちらの買い手も体に傷が目立つ。モンスターと戦ってきたことがわかる。彼らは戦士として街を守り、冒険をしている。ココは冒険が嫌いではない。むしろ好きだ。水晶の洞窟、砂漠の中のオアシス。14歳の少女の胸を躍らせるには十分だ。


 八百屋から出てきた戦士が大きな盾を抱えてココに近づいてくる。ヘルメットを街中でも外さない、根っからの街を守る戦士であり先代からのお客さんだ。ココは彼が鎧の音を立てずに歩いているのをみたことがなかった。もはや彼の武装はトレードマークだ。その常連客に向けてココは敬意を込めてペコリとお辞儀をする。


「店内じゃないぜここは。ココちゃん何やってんだ?」


「お客さん来ないので…」


それを聞くとキョトンとした後戦士は鎧を揺らして笑った。ガチャつく音は彼が笑い終わっても少し響いた。


「おいおい、2代目平気か?」


「た、多分」


ココは自身なく答える。武器屋として武器が売れないのは大問題だ。と言ってもそれ以上の大問題が一つ。ココはまだ一つも武器を売ったことがないのだ。何せ客が来ない。しかも2代目になったばかりだ。自信を無くしてしまうような要素が多いのだ。


「まぁ、今度買いに行くから…」


そう言って戦士は盾を担いでココの横をすり抜けて去っていった。


 その瞬間。その瞬間だったのだ。盾の端っこがココの方に少しだけ当たってしまった。それだけである。しかしココにとっては事件なのだった。ココの目が見開いた。戦士も焦る。


 ココの胸の奥から頭まで何か冷たいものがじわりと広がって行く感じがした。

「す、すみません!盾に傷とか…かけたりとか…」


ココは盾を覗き込むようにして確認した。傷は見当たらない。じゃあ、かけたりはしてないか。鑑定士のように隈なくココは盾の表面をキョロキョロと見渡した。見る人を不安にさせるほどの動作だった。


「どこか、何か傷つけてないですか⁈すみません…!」


「ココちゃん!…ココ!」


頭の中の加害の不安の流れは戦士と大声で止められた。ココは我に帰った。


「落ち着け………平気だ。俺は君から何もされてない。それどころか謝るのは俺のほうだ。女の子に大きな盾を当てちまったんだ。平気か?」


「わ、私は平気です…すみません…」


戦士はココの肩をポンと叩いて「無理するなよ」と呟いて去っていった。ココは深く呼吸をする。心配症、言われ慣れている。しかしココは3秒ルールで食べ物を食べてしまうし、店の屋根からジャンプだってしたことがある。心配症、ココは自分はそれとは違う何かを持っていた。



 一方戦士は共に街を守る魔法使いの女と合流して喫茶店でコーヒーをすすっていた。


「ココちゃんがいた」


「…その大きな盾を買った武器屋のマスターのお孫さん?」


「そう…もう2代目だがな…」


魔法使いは彼の話を聞きながらコーヒーにミルクをこれでもがと入れている。店員が止めるまで大抵彼女は注ぎ続ける。四捨五入したら牛乳だ。


「ココちゃんが何か?」


「何回か俺は彼女が、パニック…とはいかないまでも…不安がって心配?つうか…なんてことないミスやらを心配して謝ったりしてんのを見てんだよ」


「私も…見たことある…八百屋の前をうろうろしてるからどうしたの?って聞いたら、なんか踏んだ気がするんですって」


 魔法使いはミルクを注ぐのをやめ、9:1の牛乳とコーヒーの混合ドリンクを口にする。戦士は考え込んだ。


「俺はココちゃんが心配だよ」


「そうね…多分…彼女が心配してるのは加害…自分がやってしまったんじゃないかって言う不安そのもの」


二人が勘定をする頃、一人の大きな剣を腰に下げた男が息を切らして喫茶店に入ってきて叫んだ。


「大変だ!あの…武器屋の2代目の娘がどっか行ったってよ!」

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