第3話 不可解な通信


 軽音学部が使っているとしたらここだろうということで音楽室までやってきた。校舎入り口からずいぶん歩くことになり、声も出せなかったためにかなりの気疲れをすることとなった。先程『フライングスクリーム』に遭遇したことの影響も当然、ある。

 ノックも出来ない上、音楽室には防音上の都合か校舎内からは窓がない。仕方なく、ドアノブを下げてみることにする。



 反応はない。少し押してみると、鍵はかかっていなかった。



 鍵がかかっていなかった時点で期待はしていなかったが、音楽室はもぬけの殻だった。

 「……」

 俺たち三人が入ったところで、俺は鍵を閉めて椅子に座った。


 「防音になってるし、ここで少し休もう……」


 松成中の音楽室は、近隣が住宅であることもあり、窓にまで防音が施されていた。音漏れの心配はないだろう。


 俺たち三人は、生徒用の椅子にそれぞれ座り、深く息を吐く。


 「………………すまねえ」

 口を開いたのは櫛名だった。

 謝辞を述べようとしていたのは俺の方だったので、櫛名からそういう言葉が出るのは意外だった。

 「いや、謝るのは俺の方」

 「いやあ、人が死ぬことに敏感になりすぎてた。お前が冷静じゃなかったら、俺も、二人も犬死にだったと思う。俺らが死んだら意味ないよな。……」


 櫛名が落ち込んでいたのは、自分の身を最優先にしなかったことだった。であれば、俺が反対にあそこで体育館にいた人たちを見捨てたのを後悔しているのは……。


 「どっちを選択していても、後悔してたと思います…………。生きてる方が、いいに決まってますよね…………ごめんなさい、水野さん。…………私、冷静じゃなかった」

 白瀬も珍しく落ち込んでいる。確かに、あの瞬間の白瀬は冷静じゃなかった。だが、俺は何も責めることはできなかった。俺が優先したのは、あくまでも自分たちの命なのだから。

 「…………ここで後悔しててもしょうがない。水野、他に妹さんと、白瀬ちゃんのご両親が居そうなところは」

 「……うーん。確か、松成学園のホームページに、在学生用の校舎案内があったはず。そこに見取り図的なものがあるかもしれない。そこから、しらみつぶしに見ていけば」

 「…………SNSも電話も死んでるのに、ネットが生きてるわけは……」

 そう櫛名にマジレスされながらも、俺はポケットからスマートフォンを取り出した。


 「…………ん、あれ?え?」



 スマホの電源を付けると、見知ったアプリケーションから三件の通知が来ていた。



 『アルスマグナポータル』。



 アルスマグナを遊んでいる人なら、みなインストールしているアプリだ。公認大会にエントリーする際に必要な身分証明になるプレイヤーライセンスを表示したり、プレイヤー同士のフレンド機能もあったりする。チーミング機能もあり、団体戦の時に使ったりもできる。


 電子通信の類いは途絶えているはずなのに、なぜ?


 「おい櫛名……『ポータル』から通知が来てるぞ」

 「!なんだって?」

 櫛名も慌ててスマホを取り出す。

 「……アップデート…………バージョン7.0.0……?」

 『アップデート近日予定』と書かれたまま一年近く告知がなかったために、もうアップデートされないと思い込んでいたバナーが、解放されていた。


 バナーをタップし、詳細を見てみる。そこには、アップデートの内容が事細かに書かれていた。



 アップデート内容

 ・ユーザービリティの向上

 ・各種バグの修正

 ・ボイスチャット機能の追加

 ・



 「……なんだって」

 なぜ並み居るアプリや通信の類いが途絶えているのに、『アルスマグナポータル』のみ通信が出来ているのか不可解でしかない事態であった。だが、ここに書かれていることが真実なのであれば。


 他の生存者とのコンタクトが可能、ということなのかもしれない。


 「水野、これ」

 櫛名が見せたスマホの画面には、日本地図に無数に配置された蛍光緑のポイントが表示されていた。


 これが全てアルスマグナのプレイヤーなのだとしたら、


 「117282……」


 数値にして十一万人ものプレイヤーがいることになる。


 だが、これをそのまま生存している人数と換算するのはあまりにも楽観的すぎるだろう。生き残っている人が何人なのか、正直見当も付かない。

 俺はそれを見た上で、残り二つの通知を見た。

 通知時間は、時間にして1時間半前。ちょうど俺たちが駅に着いた辺りの時間だった。

 「……なんだ、この通知」

 櫛名と白瀬がのぞき込んでくる。


 「フレンドチャットだ……二人から来てる」


 俺は通知をタップして送り主を見る。


 「え、ハミルトン……と、綾兎!?」


 櫛名がすっとんきょうな声をあげる。

 「おい、さんをつけろよ」

 「いやだって、画面の中の人だし…………お前野球選手にわざわざさん付けしないだろ……え、お前まさか、交流あるわけ!?」

 一人興奮する櫛名を落ち着かせながらメッセージの内容を見ていく。

 「どういう人たちなんですか……?」

 白瀬がおずおずと言う。


 「ハミルトンは、日本ランク1位のプロプレイヤーだよ。試合中に不利になることが殆ど無いまま勝つから、ついたあだ名は絶対的堅実性アブソリッド!綾兎さんは、弱すぎて使い手が壊滅的に少ない土属性のデッキ専門で日本ランク4位っていうバケモノじみたプレイヤー!ランク二十位以内で唯一の女性プレイヤーでもあるんだよ!!」

 「櫛名、防音室とは言え少しトーン下げろ」

 「そんな二人と水野にどんな関係性が…………?」

 俺の言葉を無視して櫛名が俺のスマホを覗き込むので、俺もそれ以上何も言わずハミルトンと綾兎のメッセージを見る。



 ハミルトン  12:14   千代田

 『生存者を探してる。ミナト、お前は生き延びてそうだから、生きてたら返事寄越せ』



 綾兎     12:33   新宿

 『やあ、無事だろうか。ミナト君が生きていることにかけて、世田谷へ急ぎ向かっている。新宿は壊滅していて身を隠す場所がもうない。だいふくを拾ってそちらへ向かっているが、私もだいふくもちょっと看過できないケガをしている。生きていたら、連絡を頼む』



 ハミルトンの声色には余裕があったが、綾兎は声を抑えながら早足に移動している様子だった。俺の数少ない女性の知り合いである『だいふく』というプレイヤーと一緒に居るらしい。



 「おいおい、マジかよ…………なんで公認大会に出てもない無名プレイヤーのお前が、こんな大物と……」


 ちなみに、ミナト、というのは俺のプレイヤーネームだ。


 「ツイッターで自分の戦術とか理論とか偉そうに語ってたら、気づいたらフォローされてただけ。カードゲームは情報そのものが価値なんだから、自分の意見を持ってるプレイヤーってだけでフォローする価値があるんだよ。俺にその価値があるのかは知らん」

 「にしても………」

 「おい、今大物と繋がりがあることに何か意味があるのか?自分の身は自分で守らなきゃいけねえんだぞ」

 そう言うと、櫛名はぐぐ……という顔で黙った。


 俺はすぐさま、俺、ハミルトン、綾兎のグループを作りボイスチャットを開いた。


 ほどなくして、ハミルトンが通話に出た。



 『よう、ミナト。お前が生き延びててくれて嬉しいよ』



 世界大会で何度も見た、黒づくめに鍔の広い帽子を被った男が画面には映っていた。もともと病的に白い人だったが、さらに顔は青白く見えた。しかし、眼光だけは勝敗に貪欲なゲーマーのものだ。


 「ほ、ほ、ほんものやんけ…………」

 櫛名が画面を遠巻きに眺めながら言う。

 『世田谷も沸いたのか、アルスマグナのバケモノが』

 ハミルトンは俺の後ろにいる櫛名と白瀬をちらと見ながら、さっそく切り出す。

 「沸きましたね。ちゃんと死にかけましたよ。その感じだと、秋葉原もですか」

 『ああ。なんならアキバ、一番酷いんじゃないか。出たのはスカーファミリアだった。身の回りの人間だと、こいつを守るので精一杯だった』

 ハミルトンは言うやいなや、画面を少し傾けて画角をずらした。すると、黒髪の女性が木造の椅子に座ってこちらを見ているのが見えた。


 『美澄茅彩。俺の彼女な』

 「……ああ。どうも……」


 俺はスカーファミリアの姿を思い出しながら、黒髪ロングで清楚という言葉を体現したような小熊のような愛嬌のある女性に上っ面で挨拶をした。

 ハミルトンがときどきツイッターの裏垢で惚気るのは見ていたが、確かにこんな美人が彼女なら惚気たくなるのかも……彼女ができたことないので知らんけど。確か同じ大学のゼミ生同士とかだった気がする。


 『こんにちは。美澄です』

 美澄さんが小さく、そして品良く会釈する。

「ほえ~、ビッジン……」

 櫛名が漏らす。


『ミナト君、だよね!私、地味にファンなの!この人がいっつも「あいつの意見は常に的を得てる」ってすっごい褒めてるから!ねね、大会とか出ないの?私、ミナト君の戦いっぷりとか見てみたいな~なんて!あ、私はピースフラッパーを使ってるんだけど……』

『おい、ボケカス女喋りすぎだ』


 身を乗り出して俺に話しかけている美澄に対してハミルトンはひとつしかりつけると、カメラを戻した。画面外からちぇ~、もっとおしゃべりしたかったのに、という声が聞こえてくる。

『攻撃の予備動作がない、とにかくすばしっこいでまあ大変だったよ。逃げても逃げても頭がいいのか室内に入り込んでくるし』


『スカーファミリア』は、最近出たデッキテーマの名前だ。豚の頭をした骸骨がイラストに共通のモチーフとして取り入れられていた。不遇な土属性ながら、最新作のカードパックで登場したこともあり、そのカードパワーはどいつもこいつもそこそこ厄介だった。白く艶のない大型動物の骨でできたような刀を持っていたのを思い出す。



 あれが、人を裂いたのだろうか。



『いまもあちこちに肉塊と血だまりがあるし、ひでえ匂いだ。俺たちが今拠点にしてるところの周りはあらかた綺麗にしたが……』

「……そうですか。こっちは、火事です。『ホロウグラウス』です。俺がいる建物以外、焼け野原になりました」

『そいつは……。……お互い辛いな』


 ハミルトンは俺の状況を慮ったのか、深くは聞いてこなかった。


 『ああ、そういやな。綾兎にも当然メッセしたんだが、少しやりとりして以降ボイチャに出てきやがらねえ。あいつが野垂れ死ぬとは思えねえが』

 「そうですか……」


 綾兎とだいふくの位置情報は、今下北沢辺りを示しているが、その蛍光緑のドットは微動だにしていない。万が一危険に晒されているようなら、助けに行きたいところではあるが……歩いて行くには1時間かかる。自力で切り抜けられるようならいいのだが……今は綾兎の日本4位の実力を信じるしかない。


 「そうだ、ハミさん。僕達は今のところ意図的にユニットを召喚できて無いんですが、ハミさんはどうしてます?」



 それを聞くと、ハミルトンは驚いた後に呆れた顔になった。



 『え、……?そんなんでよく生き延びれてるな…………』

 「えっ、知ってるんですか!?」

 『知ってるも何もそうしないでこの二日どう生き延びたんだよ』

 「お、教えてください……!」

 俺と櫛名は身を乗り出す。


 『お前ら、ゲームが始まるときに…………おい、なんだよ。え』


 話の最中も最中、美澄さんの叫び声のようなものに続き、電動工具のような唸る音を最後に、いきなりハミルトンとの通話が切れた。

 「っちょっ、おい……」

 櫛名が慌てる。俺はその後三回ハミルトンに掛け直してみたが、繋がることはなかった。

 「なんで今繋がらなくなるんだよ……ヤバそうだったけど」

 「でも、ハミさんは召喚の仕方を知ってた……あの人ならそうそう死なないだろ。どっちかって言うと、俺らの方がまだ闇の中だ」

 「……そうだな」

 俺は気を取り直して、ハミルトンの方からの折り返しがあることに期待することにした。

 「ここでこうしていても仕方ない。人が居そうなところを見ていこう」

 相変わらず綾兎に繋がらないことを確認し、俺はひとつ息をついて椅子から立ち上がった。



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