第49話 抗いへの覚悟
「おい、立て」
昨日とは別の看守によって立つように指示される。
ミレラが俺の目の前から姿を消してどれくらいの時間が経ったのだろうか。あれ以降、俺の前にミレラが姿を現すことはなかった。ミレラが来るよりも前に俺は運命のその時を迎えたのだった。
「どこに行くんですか」
「お前が一番わかっているだろ」
「そうですね」
看守は俺の手錠に縄のようなものをつけて、その縄を持ちながら俺に歩くように指示を促す。この牢屋に入ってきた扉まで歩いて行くと、二人の白装束をまとった人が出迎える。その二人は深くフードをかぶっているため男性なのか女性なのか判断することはできなかった。
「ついてこい」
目の前の白装束のどちらかがそう呟くと、身を翻して歩き始めた。俺もその二人に続いて歩いて行く。
「結構歩くんですか?」
「おい! 勝手に喋るな!」
看守によって話すことを止められるが、目の前の白装束の一人が俺の後ろにいる看守に向かって右手を前に出して、待ったをかける。
「そんなに歩かない。バルハロンサ大聖堂ですぐにお前の判決をテンペスト様が下してくれる」
「でも、牢屋ってロストエリアにありますよね? そのバルハロンサ大聖堂ってたしか街のど真ん中に立っていたあの大きな教会のことだから、結構歩かないといけないんじゃ」
「何を言っている。お前はもうすでにバルハロンサ大聖堂にいる」
白装束の二人に先導される形で階段を上がっていたが、ついにその終着点が見えてきた。そして、上がりきった先の部屋の外。そこに見えたのは美しいほどの建築物であった。
「見えたか。あれがバルハロンサ大聖堂だ」
俺の視界の全てにその建築物を収めようとするが、人間の視界では到底収まりきらないほどの大きな建物が目の前にあった。もっと後ろから見ればその全体像が見えるのだろうが、ここではあまりにも近すぎる。それくらいに目と鼻の先にバルハロンサ大聖堂はあった。
「あとは、ここをまっすぐに進めば到着だ」
俺たちの視線の先には大きな扉がある。その扉の先が俺の運命の場所なのだろう。いや、死に場所と言うべきであろうか。
白装束の人は俺の言葉に答えてくれるものの、決してその足取りが止まることはない。ゆえに俺も今も一歩ずつ俺をその場所へと連れて行っている。
「こんな俺と会話してくれてありがとうございました」
先ほどの看守の口ぶりからして、本来ならこのような話をしてはいけないのだろう。しかし、それを差し切って俺と少ない会話を交わしてくれたのだ。どうせ死ぬのならこの一瞬だったとはいえ、俺のことを想ってくれた顔も知らない人たちにお礼を言いたかった。
「ふっ、随分前とは変わったな」
「はい?」
片方の白装束の人物が自らのフードを脱ぐ。
「ホムローマン……!?」
以前に見た茶髪にスカした顔の男。今もこちらを挑発するかのように笑いながらその男は見てきた。
「おいおい、言葉遣いには気をつけろよ。一応俺は大司教なんだ。こんなところで俺のことを呼び捨てで呼んだりしたら、それこそ罪になるぞ?」
「うるさい。人の名前を呼んだだけで罪になってたまるか。それよりもなんでお前がこんなところに」
「そんなの決まっているだろう。俺はここの人間で、お前は今この街を騒がせている事件の犯人であり、大罪人。そんなやつを下っ端のような連中に連れてこされるとなると、もしもの場合に対処できない。だから大司教である俺がこうしてお前を先導しているんだよ」
俺は決してこの事件の犯人ではないし、奇跡の力で人をどうこうできる力は持ち合わせていない。しかし、俺以外のここの人たちにとっては死の才で、今回の事件の重要人物としてはこれ以上恐ろしいものはないのだろう。
「それにしても、前とは随分変わってて驚いたものだな」
「さっきからなにを──」
「こんなところで死ぬつもりか」
ずっと俺のことを馬鹿にするように見ていた視線は鋭く、まっすぐに俺のことを見つめた。
「昨日ミレラが、そしてミロリアさんが俺の前に姿を現した」
「どうして?」
「どうしてじゃないだろ。お前のせいだよ。レイス・オーウェン」
ミレラがこの男の前に姿を表すのはまだわかる。昨日何かを探るために駆け出して行ったのだから。しかし、なぜここでガーネットさんの名前が出てくるのかがわからなかった。
「ミレラは色々聞いてきたさ。そして、ミロリアさんはお前のことを助けてあげてと言ってきた。もちろん、そんなことはできないと言ったがな」
当たり前だ。ミレラが言っていたように理の代行者のトップが下した判断を大司教一人の行動で止まるものではない。そんなことは同じ理の代行者であったガーネットさんがなによりわかっているはずだ。それでも、ガーネットさんは俺のためにホムローマンに頼んでくれたのだろう。
「ミロリアさんが俺にお願いするなんてことはあそこのガキども以来だった」
ミレラがかつてガーネットさんが上層部に掛け合ったと言っていたが、それがホムローマンだったのか。もしかしたら複数いるうちの一人かもしれないが、それでもこの男にガーネットさんが助けを求めていた事実は変わらない。
「俺はお前のことが嫌いだが、俺の周りはそうでもないらしい」
ホムローマンと話していると、ついに大きな扉の前に着く。そして、まるで俺たちが扉の前に着いたことをわかっていたかのように、大きな扉は少しずつ開いていく。
「おしゃべりはここまでだ」
扉の開く音の中でホムローマンは俺に語りかけてきた。それは、この場にいる俺たちにしか聞こえない声の大きさで。
「己の真実は、己自身でしか語れない。お前の言葉で全員を黙らせてやれ。この馬鹿野郎が」
まさにホムローマンらしい皮肉めいた言葉だった。
扉が完全に開き、フードを被ったホムローマンともう一人の白装束の人は歩き出す。
俺の運命のその場所へと連れて行くために。
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