第48話 支えがあるということ

「それがそんなにまずいことなのか?」

「当たり前でしょ! 理の代行者の中でもトップである彼女がそう判断を下したってことは、それ以外の答えはないということ。つまり、レイスの処刑が確定したってことよ」

「そうなのか……」


 ミレラに聞くまでもなくそのことはわかっていた。でも、誰かの口からそう言ってもらえないとこういうことは信じられないものなのだ。そして、言ってもらわないと実感も湧いてこない。


 自分が死んでしまうなんてことは。


「ありがとうな。ミレラ」

「何言ってんのよ。遺言みたいなこと言って」

「正真正銘、遺言だろ。これはもう」

「そんなこと言ってないで、レイスも考えなさいよ!」

「何を考えるっていうんだよ」

「おかしいのよ。こんなことは」


 ミレラは今も必死になって何かを考えているようだったが、俺には何を考えているのかわからなかった。

 今回の事件は間違いなく血の断罪によるもので、俺は死の才。冤罪であることは俺自身が一番わかっているが、俺のことを法のトップが有罪だと判断した。その事実を変えられないということはミレラも言っていた。

 一応証拠も揃っていて、その判断も一番偉い人が下した。これ以上俺にできることなどなにもない。


「一つだけ教えてくれ」

「何? こんな時に」

「どうしてそこまで他人のことで熱くなれるんだ?」


 仰向けになって寝ていたが、その言葉を言う時にはうつ伏せになって寝ていた。おまけに顔はミレラのいる方とは逆の方を見ていた。


 奇跡の力を得てから、信じられるのは己のみ。しかし、そんなある日、ミレラという一つの支えができた。それはすごく嬉しく、今までに感じたことのない感情にだって襲われた。

 でも、それと同時に常に感じていたことがあった。


 それは、なぜ俺なのだろうという疑問。

 一度きりの勝負で負けてしまったから? 自分に喧嘩腰できたから? 年が近かったから? なぜここまで俺のことに対して尽力してくれるのかわからなかった。

 そして、それはガーネットさんたちのこともそうだった。ミレラは幼少期に周りの人間に絶望したと言っていた。にもかかわらず、俺の知っているミレラはそんな人間に対して優しく、熱い気持ちを持っている。

 失いたくない。なんとしてでも救ってみせる。そんな感情をミレラは持っている。


「なんでミレラが俺なんかを救おうとしているのかわからないよ」


 最後に聞きたかった。

 血のつながりもなければ、会って少ししか経っていない赤の他人で、俺とは真逆の存在にいるミレラ・エンバードという女の子が俺のことを信じ、救ってくれているのかを。


「ねぇ、少し聞きたいんだけど」

「な、なぁ、俺が今質問してたよな……?」

「そんなことよりも、今は聞かないといけないことがあるのよ!」


 人の最後の言葉さえも遮って聞かないといけないことがあるとは、また随分と重要なことに違いない。


「なんだよ……」

「あんた、今日行ったダンジョンで白い服を着た女の子とぶつかったって言っていたわよね?」

「それがどうしたんだよ?」

「いいから、答えて!」

「あぁ、そうだけど」

「その女の子の名前は?」

「名前なんて知らないよ。ただごめんなさいって」

「もしかして、その子がサリア・テンペストじゃ……」

「いきなり何言ってんだよ。教皇ってすごいんだろ? そんな人があんなところいる訳ないだろ。それに、それと今回の一件とどう関係があるんだよ」

「わからないわよ! でも、もしもそうだったら色々考えられることがあるのよ」


 ミレラはしばらく唸り声を上げながら思考を巡らしていたが、すぐに考えることをやめる。そして俺の檻の前へと近づき、檻を両手で掴む。


「明日また来るから。それまで死ぬんじゃないわよ!」


 その言葉を吐き捨てると、すぐにミレラは入ってきた扉の方へと駆けて行ってしまった。一人また冷たい牢屋の中に残される。


(結局、聞けなかったな……)


 ミレラはどうして俺のことを救おうとしてくれるのかを教えてくれなかった。これが最後の会話になるかもしれないのにも関わらずだ。

 俺のために動いてくれることは嬉しいが、これだと考えられているのか、考えられていないのかわからない。


「そうそう、言い忘れていたわ」


 目を瞑り、このまま眠ろうとしていた俺の前にまたミレラが現れる。


「レイスがここから出たら教えてあげるわ」


 今度こそミレラはこの牢屋から出て行き、ひとりでにあの重い扉が閉まる音が響き渡る。

 ミレラは本気で俺のことを救おうとしてくれている。だからこそ、最後にあんな言葉を口にした。もしも、あの言葉が俺をそうやって安心するための嘘だったかもしれないが、それでも俺は嬉しかった。

 これが最後だと覚悟した俺に、ここが最後じゃないと差し伸べてくれた彼女の言葉は紛れもなく、俺のことを支えてくれていた。

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