第47話 面会

 四方八方全てが冷たい石に覆われ、目の前には鉄でできているであろう柵。極めつきに奇跡が発動できないように施された手錠をつけられて、俺は仰向けになって床に寝転がっていた。

 俺がこの牢屋に入れられて一日くらいの時間が経とうとしていた。時計などあるわけもなく、ここにいる時間というのは俺の体感でしかない。

 食事がこれまでに一度だけきたがそれが朝食なのか昼食なのか、はたまた晩御飯なのか。どれにあたるのかさえこの牢屋では知るすべはない。


 鉄の扉がゆっくりと開く音が響き渡る。その音は俺たちに食事を運んできてくれたときのみしか聞こえてこなかった音であった。誰かが入ってきた、または新しい食事を持ってきてくれたのかと俺は判断した。

 コツコツと誰かが歩く音を耳にしていると、俺の部屋の前で一人の看守が足を止める。


「お前に面会したいと言っている人物がいる」

「誰ですか?」


 頭だけを看守の方に動かし、質問を投げかけると嫌そうな顔をしながら看守は答えた。


「ミレラ・エンバード様だ」

「そう。それで俺はどうしたらいい?」

「お前はここで待っていろ。本当ならばこんなところにエンバード様をお連れするのは失礼極まりないが、お前をここから出すわけにもいかない。だから今からエンバード様をお連れしてくるから、黙って待っていろ。そして、決して失礼のないようにな」


 看守の男は舌打ちをしながら、俺の牢屋の前から去っていき、再び鉄の扉を開ける。その音がしてからすぐに聞き慣れた声が響き渡る。


「あなたはもうついてこなくていいわ」

「そういうわけにはいきません。大罪人である人物とエンバード様を二人っきりにするわけには……」

「私がここにいる連中に負けるとでも?」

「……いえ。ただ、エンバード様と言えど、大罪人と二人で話すとなると何をするかわからないので、監視の目が必要なのです。どうかご理解ください」

「はぁ、分かった」


 先ほどの看守とミレラが会話しながら俺の牢屋の前へと近づいてきて、ちょうど会話が終わったタイミングで俺の視界に二人の姿が映る。


「たった一日でここまで変わるとはね……」

「うるさい……」

「おい、お前! 口の聞き方に──」

「私がレイスと話しているのだけれど?」


 ミレラの声で看守はすぐに開いていた口を締める。そして、ミレラの今の一言で簡単にはあの口が開くことはないであろう。


「それで、どうしてこんなところにいるの?」

「そこの看守とかに聞いていないのか?」

「聞いたわ。レイスが人を殺したって」

「なら、そういうことだ」

「あのね、そんなのが嘘だってことはバカでもわかるわ」

「つまり、その嘘が本当だと思っているそこの看守の人はバカってことか」

「えぇ、バカね。大バカ」


 いつものように俺たちが会話している横で看守の表情はみるみる変化していく。俺がかの有名なミレラと普通に話していることへの驚き、自分をコケにされたことに対する怒り。そんな表情を見ているだけで笑いがこみ上げてくる。

 しかし、その笑いも実際に俺が顔の表情を変え、笑うことはない。


「それで、どうするの。このあと」

「どうするもこうするもないだろ。俺がやってないという証拠はないんだ」

「でも、やったという証拠もない」

「そうだな。まさに悪魔の証明だな」

「どうして、そこまで悲観的なの……」


 今の俺はやってもいないことで縛られ、監禁され、最悪処刑されてしまう。これ以上腹立たしいことはないくらいに暴れまわりたい。自分が無実だと叫び続けたい。

 しかし、もう無理なんだと俺の理性が呼びかけていた。

 何をしても無駄。どうあがいても無駄。だからもうこのままでいいじゃなかと。


「レイスはここから出られないの?」

「もちろんです」


 改めて看守にミレラが問いただすがその回答だけはいくら脅してみせようが変わらない。それほど、俺のこの罪は確定しているのだろう。


「なら、私が証拠を探しに行くしかないわね」

「そんなのどこにも……」

「とにかく探すの。探し持てないのにあるもないもわからないでしょ」


 ミレラの言葉がゆっくりと俺の中へと染み渡る。それは干からびた植物に水を与えるかのごとく染み渡って行く。

 しかし、干からびた植物にはもうそんな水さえ意味がない。

 看守は畳み掛けるようにして俺たちに言ったのだった。


「エンバード様。明日。彼は処刑されます」

「は? 私がこれから証拠を探すと言っているのだけれど?」

「それは……、残念ですが既に決まったことなので……」

「誰が決めたの?」


 ミレラは看守に向かって尖った氷塊を突きつけながら問いただす。やっていることは十分犯罪とみられてもおかしくないその行動に俺はただただ心配していた。ミレラまでこの中に入る必要はない。

 しかし、看守はただ怯えるだけでミレラの行動に対して何かすることはなかった。


「サリア・テンペスト様です……!」

「な、なんでここでその名前が出てくるのよ!!」

「ひぃ!!」


 看守の言葉に便乗し、尖った氷塊を看守に近づけるミレラ。


「そこまでにしておけ。とりあえず、そのサリアって人は誰なんだ?」

「お前、サリア様は──!!」


 ついに看守をノックアウトさせ、ミレラは俺の方を向いてくる。

 その表情は青ざめており、見るからに冷静さを欠いている状態であった。看守を気絶させてしまったことによる焦りとも思ったが、それよりも前からミレラの表情は変化していた。

 看守があの言葉を口にしたあたりから。


「サリア・テンペストは理の代行者のトップ。教皇よ……」


 助けてくれようとしていたミレラ本人から、俺は死刑宣告とも取れる言葉を投げかけられたのだった。


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