第46話 帰る場所

「何も出てきませんように……」


 路地裏へと足を進めていくと、あたりは一気に暗くなり、時々屋根の隙間からこぼれ落ちてくる月夜の光が足元を照らす。そして、俺の持っている火の灯りだけが目の前の闇の世界の中を俺に教えてくれる。


 一歩、さらに一歩と前に進んでいるはずだが、俺が見かけた女性らしき姿はどこにもない。あれは俺の見間違いだったのかと勘違いで終わることを必死に心の中で願っているが、いまだにこの道の果てに着くことがなかった。この道の終わりまで、またはどこかに繋がるまでに女性の姿がなければ俺はすぐにでもギルドの前に戻ろうと思っていたが、女性の姿もなければ、この道の果てもなかった。

 どちらもないのなら、どちらかが見つかるまで進まなければいけない。さらに一歩、もう一歩と足を進めていく。


 どのくらい進んだかわからないが目の前に少しひらけた場所に出そうなことに気がつく。おそらく、別の裏道との合流点のような場所なのだろう。つまり、ここにいなければ今の俺ではあの女性を探すことは不可能だ。誰もいないことを確認して帰ろう。そう思いながら、俺はその場所へと足を運んだ。


 しかし、俺の考えは最も最悪の形で姿を現した。


「なっ……!?」


 少し開けた路地裏。皮肉にもこの場所は屋根もなく月の光があたり全てを照らしていた。ゆえに、はっきりと一人の女性が殺されているところを目の当たりにしてしまう。

 そんな現場を目の当たりにして俺は動けずにいた。

 この人を殺した犯人がまだ近くにいるかもしれないという恐怖。血だらけの人が目の前にいるという非日常への衝撃。そしてなによりも、もう手遅れなほどに無残に殺されている女性の姿を目の当たりにしたからである。


「は、はやくだれかに……」


 このことを誰かに伝えなければいけない。誰でもいい。一番ベストなのは理の代行者。この街ならばすぐにでも見つかるだろう。俺は現場を背にして、逃げるように誰かを探しに行こうとした。


「こっちです!」


 俺がここへきた道とは別の道。その方向から誰かの声がした。助けを呼ぶことすら忘れ、そっちを眺めているとそこには一人の女性と白い服を着た二人組の人が立っていた。


「こっちの方から悲鳴が……。きゃぁぁぁぁぁ!!」

「どうしたんですか! こ、これは!?」


 二人組の白い服装をした人とやってきた女性は悲惨な現場を目の当たりにして、悲鳴をあげてその場に崩れ落ちる。また、その女性の後に白い服装をした人がその現場を目撃する。

 そして、その現場を見た後その人たちは俺のことを見た。


「君がやったのかい……?」


 まるで汚物を見るような目で俺のことを彼らたちは見てきた。女性に至っては俺に対して怯えて入るものの、やはり自分と同じ人間ではない。そんな軽蔑するような目で見てきた。

 すぐに否定しなければいけない。そして、自分も今この現場に来たのだと言わなければいけない。今から誰かを呼ぼうとしたのだと。


 しかし、何もできずにいた。

 彼らの向けて来たその目は俺にとって絶望の目であったから。

 俺に非情なまでに現実を教え、何もしても無駄だと思い知らせてきた目であったから。

 何も言えず、何もできず、ただその場に俺は立ち尽くしていた。


「と、取り押さえろっ!」


 白い服装の一人がそう叫ぶと、やや後ろに控えていたもう一人が俺に勢いよく近づいてきて、俺を床に叩きつける。そして、俺の右手を背中の後ろに回し、動くなと叫ぶ。

 男によって硬い地面に叩きつけられ、そして関節技を決められた時の痛みで再び我に戻る。


「は、離してください! 俺はなにもしてません!」

「じゃあ、こんなところで何をしていた!?」

「誰かに女性が連れ込まれるところを見たんです。それで後を追ってきたらこんなことに……」

「では、名前を言え。そして、お前の奇跡についてもだ!」

「き、奇跡? なんで奇跡も言わないといけないんですか」

「私たちは理の代行者だ。そして、この現場はいま多発している事件と類似している」

「多発している事件……?」


 相手になんのことかと質問するように俺は言ったが、その答えはもう分かりきっていた。

 そして、今後俺がどうなるのかも。


「血の断罪による殺人事件だ」


 この場で俺が無の奇跡。死の才だと言えば、まちがいなくこの二人は俺のことを犯人だと断定するだろう。仮に、俺が別の奇跡だと言えば免れるかもしれないが、俺が容疑者である以上、その奇跡の力を見せてみろと言われるのが目に見えている。詰まる所、この場における嘘は通用しない。

 ミレラに助けを求めようにも彼女はこの件については全く関係ない。彼女の言葉がどれだけ重くても、なんの証言にはならない。


「さぁ、名前と奇跡を言え」


 俺に関節技を決めているやつの力が強くなる。キリキリと腕の痛みを感じながら、俺は必死に考える。この場から抜け出す方法。自らが無罪である証明方法を。

 しかし、俺にはそんなことは思いつかなかった。


「レイス・オーウェン。無の奇跡」


 嫌になるほど耳にした言葉を自らの口から呟いた。


「……死の才です」


 俺の弁明は全く聞く耳を持たれず、二人の理の代行者によって俺は罪人を入れておく牢屋へと連れて行かれた。


 俺がその日ミレラの場所に帰ることも、ガーネットさんたちのいるあの場所へと帰ることはなかった。

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