第50話 真実か、それとも虚偽か
「レイス・オーウェン。こちらに」
俺がいる場所よりも高い場所から声が聞こえる。そちらに視線を向けるとそこには見覚えのある姿があった。
「フィナロさん──」
「静粛に。あなたは罪人なのですよ。レイス・オーウェン。次、教皇様の断りもなく、口を開くとその瞬間命をなくすことになりますよ?」
フィナロさんの言葉は決して脅しではない。本当に次俺が教皇様とやらの許可なく話した瞬間、首を落とされるだろう。その最終確認に過ぎない。
「さぁ、前へ進みなさい」
一歩ずつ前へ進む。俺の歩く先に佇む一人の少女の元へと向かって。
彼女の後ろには大きなステンドグラスがあり、その輝きも相まって、まるでその前に立つ少女が輝いているように見えた。
徐々にその少女の顔立ちがはっきりとしてきて、俺は言葉を漏らさないように必死で耐えながら、その顔を認識した。
(ミレラの言っていたことは本当だったな……)
俺があのダンジョンでぶつかった少女。何度も俺に対して謝っていたあの少女がそこには立っていた。
「あなたたちは下がりなさい」
「はっ!」
俺を連れてきたホムローマンたちはフィナロさんの命令によって、後ろへと下がる。
この大きな教会の中には俺とフィナロさん。そしてあの少女。もといサリア・テンペストのみが残っていた。
「これより、罪人。レイス・オーウェンの処刑を始める。教皇様」
フィナロの指示によって初めて少女は口を開いた。
「何か最後に言いたいことはありますか?」
俺よりも小さな少女がそう語りかけてきた。その言葉は優しく、まるで日常会話の中の一つのように感じられた。なんてことない言葉で、これの答えでこの後の未来が変わってしまうなんてことはない。そのくらいに軽い言葉に聞こえた。
しかし、俺はその言葉の重さを再認識にする。
俺の人生がここで終わってしまうか否かはこの答えにかかっているのだと。
「はい。あります」
「どうぞ」
教皇様の許しを得られたので、俺は遠慮なく叫んだ。
「俺は決して、罪人なんかではありません」
「それはつまり、殺しはやっていないと?」
「はい」
「フィナロ」
「はい。説明させていただきます」
フィナロさんは一つの資料のようなものを取り出すと、そこに書かれてあることを朗読し始める。
「レイス・オーウェンは昨日の夕刻。路地裏にて無残に殺された女性の現場にいました。その現場を一般女性一名と理の代行者の二名が目撃しております。そして、今回殺されてしまった女性の殺害方法は、これまでに発生している血の断罪の者による殺害方法と似ております。レイス・オーウェンの奇跡は死の才・無の奇跡。血の断罪の者は死の才で構成されていることは明らかであり、彼もまたそのうちの一人だと断定。以上、私たちはレイス・オーウェンを今回の事件の犯人だと判断し、罪人と確定させました」
「レイス・オーウェン。今の説明に何かありますか?」
「あります。そもそも血の断罪というような組織には属していません。そして、確かに女性が殺されている現場にいましたが、その女性には指一本も触れておりません。さきほど自分のことを見たと言った三名は自分よりもあとにその現場に着いた人たちであり、実際に自分が女性を殺した現場を見ていない。そのため、罪に問われるいわれはないと進言します」
「では、なぜあの現場に?」
「それは、ギルドの前で友人を待っている間に女性が路地裏に連れていかれるのを目撃したからです」
「それを証言できるものは?」
「……ありません」
ここまでは俺も想定のうちである。理の代行者たちが俺を完全な黒だとできないように、俺も自らを白だとできるものは何一つない。だからこのままいっても平行線にしかならない。
この状況を打破する何かがなければ……
「戯言ですね」
俺たちの会話にフィナロさんが割って入る。そして、俺のことを高い場所から見下しながら言葉を吐き捨てる。
「根拠なき弁明は虚言に過ぎない。あなたもどうにか自らの罪から逃れたいだけなのでしょう」
「違います」
「違う? では、証拠は? 自らが殺していないという根拠は? 教皇様を始めとする私たち理の代行者たちはこれまでに何人もの罪人を見てきました。あなたのように教皇様の前で自分は無罪だとおっしゃる方も当然いました。しかし、どの方も全て罪人でした。その方々に共通したことは一つ。口から出るもの全てが虚言であった」
「自分もそうだと?」
「はい」
教皇である少女は何も話そうとしない。ただ俺の結末を待っているようであった。そのため、俺がフィナロさんと話すことを止めることはしなかった。
好きなだけ足掻けばいい。そんな風に言われているような気がした。
「自分の奇跡の力ではあのようなむごたらしいことはできません」
「私たちはあなたの奇跡の力の詳細を知りません。そして、あなたは剣を持っている。やろうと思えばその剣でだって可能です」
「奇跡の力ならば、今ここで証明することができます。剣ならばあの時現場であなたたちに確保された時に取られたため、そちらを確認していただければあの女性の血どころか、肌さえ触れていないことはわかるはずです」
「剣についたものは拭えばいい。奇跡の力なら加減すればいい。どちらもあなたの無罪を証明にはなりませんよ?」
俺が自らの正しさを主張すれば、フィナロさんが自らの正しさを主張する。
俺は全く無関係な事件に絡まれていることを知っているから引かないし、フィナロさんは限りなく黒に近い俺をまた外に出すのを危険視してから引かない。
「平行線ですね」
少女がぼそりと呟いた。それは教皇自身がこの事件の判断に決着がつけられていないことを意味している。
「あれを持ってきてください」
「はい」
少女の指示によってフィナロさんがあるものを俺の目の前へと持ってくる。
「これは?」
「審議の目です。これは触れたものの真実を映し出す。この街に入る時に触れたものとは少し違い、この審議の目は触れたものが真実を話せば、そのものの奇跡に共鳴し、光り輝く。しかし、嘘を語れば光ることはありません」
フィナロさんが説明した瞬間。俺の体からは一気に嫌な汗がにじみ出てくる。
そして先ほどとは違い、近い距離でフィナロさんが俺のことを睨みつけてくる。
「さぁ、これに触れてもう一度言ってみなさい。あなたの真実を」
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