第3話

空調が効いたこの部屋は少し肌寒い。目の前の男を見上げる動作がスローモーションで再生されている感覚に陥る。藍は僕の姿を確認するなり優しい声で名前を呼び背中に腕を回した。


「ハル…会えて嬉しい。」

「…怒らないの?僕、藍に男だと思わせてたんだよ?騙してたんだよ。」

「性別なんてどうでも良い。会うことも無いであろう声しか知らないはずだった相手に会えた事が何より嬉しい。それにハルのプロフィールは性別が無回答だったろう?答えたくなかったんだろ?」

「僕は女の子扱いされるのが嫌いだ。……それより、そろそろ離れて…。」

「あ、そっかごめん。男は怖いよな。急にごめん。」

「……とりあえず上がりなよ。駄弁ろうか。」


この部屋に自分以外の誰かが居るのは初めてで、人心地が淡く満たす。


「チャイ飲める?」

「うん、ありがとう。」

「急に来てごめんな。近くに居ると思ったら居ても立っても居られなくなって。」

「僕も会えて嬉しいよ。僕もごめんね、男だと思ってた奴がこんな女みたいな容姿だったなんて思いもしなかったよな。でも今まで通り接して欲しい。」


グラスに入れた氷の「からん」という音が部屋に響く。


「俺、ハルが好きだよ。会って更に愛おしいと思った。」

「え、でも、藍の恋愛対象は男…だよね?」

「男じゃなくて、ハルに興味がある。返事は急がなくても良い。考えて欲しい。」

「僕が、藍に惹かれたのは確かだ。スマホ越しに耳元で囁かれる藍の声が僕の寂しさを埋めてくれたのも確かだ。これが恋愛感情なのかは分からない。でも、これからも一緒に居たいと思う。悩みがあればまた話して欲しいと思う。こんな理由でも、これからも一緒に居ても良いだろうか。」

「充分だ。ありがとう。」


藍の吐息が耳にかかってくすぐったい。


ただ楽しい絵空事だった通話が終わる。楽しいだけで済む距離感が壊れてしまう。それでも僕達には、きっと「誰か」が必要なんだ。

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藍染めの熱帯夜 那月イル @oyasumiwatashi

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