第2話
容姿も職業も住所も分からない誰かと話す事は、僕が考えていた以上に本音を漏らしてしまうものなのかもしれない。
昨日の藍の話が頭から離れないまま仕事をこなし、帰路に着く。
____僕は何を話そうかな。
昨日の通話の最後に、藍が「明日は20:00から通話しよう。次はハルの話だよ。」と誘ってくれた。自分ひとりで抱えている悩みなんて沢山あり過ぎて何から話せば良いのかわからない。そう言えば藍のプロフィールに写真を撮る事が好きって書いてあったな。どんな写真を撮るのか見てみたいなぁ。
「もしもし、こんばんは。今日はハルの話聴かせてよ。」
「こんばんは。昨日今日の付き合いなのに親友と通話する気分だ。」
藍の低い声はとても落ち着く。自然と笑顔になれるのも、自分の事を話そうと思えるのも、外見も何も知らない人だからだろうか、リアルで関わる事がない安心感からだろうか、藍という人物だから、知って欲しいと思うのだろうか。
「僕ね、恋愛感情が無いんだ。でも20代で無性愛者だと決めつけるのはまだ早いってネットに書いてあったから、自分を無性愛者だとは思わないようにはしてる。付き合ったことは何度かあるんだけど、どうしても相手の独占欲が面倒に感じちゃって。相手を特別視できなかった。映画を観るのも、その映画を観られれば誰とだって良いし、カフェに行くのも、カラオケに行くのだってそう、目的が遂行されるのであれば誰とだって良い。」
「じゃぁ、この通話も誰とだって良い?」
「ーっ!それは………藍とが良い。」
「素直で宜しい。」
「ずるいなぁ、ほんと。」
恋愛感情が無いなんて話をしているのに、スマホ越しにクスクスと笑う藍の声を愛おしいと感じている自分が居る事に驚いた。
「これは俺の一存だけど、ハルは、今まで付き合ってた人達とはきっと、気持ちの歩くペースが違ったんじゃないかな。相手の『好き』だけが、先に行っちゃったんじゃないかな。ちゃんと、好きだったんでしょ?俺はさ、男が恋愛対象って時点で皆の普通とは違ってるのかもしれない。間違った事はしていないのに、堂々と居る事に自信がない。俺女の子とも付き合った事あるんだ。でも上手くいかなかった。元が男が恋愛対象だから、女の子は友達としてしか見れなくて、他の子と仲良くしてると浮気って言われて束縛されて駄目だった。でもちゃんとその女の子の事好きだったんだ。ただ、その子の方が『好き』が先に大きくなっちゃってたんだと思う。」
藍の言葉がすとんと胸に落ちたのが自分でもはっきりと分かった。ずっと僕が欲しかった言葉のような気がする。気がするだけかもしれないけど。
「あのね、僕20歳の時に知らない人からレイプされてさ、それがトラウマで恋人同士でするような行為が出来ないんだ。不感症なんだ。それも人と付き合えない原因。」
全部、何もかも、藍に知って欲しいと思った。________
窓の外から救急車の音が妙に響く。
……ん?右耳からも、スマホを添えた左耳にも同じタイミングで音が聞こえた。
………んん?
「藍って何処に住んでる?」
「俺も同じ事聞こうとしてた。都内の15階建てのマンションだけど。なんか近くで救急車の音聞こえたね。」
「僕も15階建ての都内のマンションだけど。」
「…………」
「…………もしかして、マンションリベール?」
「うん。はは、まじかwハルはなんか田舎に住んでるイメージだったわ。こんなに近くに居たなんて笑える。何号室?」
「うるせぇよ。1205室だ。」
「www近っ。俺10階に住んでる。____なぁ、今から会いに行ってもいいか?」
「」
会うのが怖い。どうするのが正解?会って女ってバレたら藍はもう通話してくれないかもしれない。
「ピンポーン」
「え?」
考えを巡らせているうちにインターホンが鳴った。
「俺だ。藍だ。こんな夜遅くにごめん。こんなに近くに居るって知ってしまったら、ハルに会いたくて、会って話がしたくなってしまった。嫌じゃないなら開けて欲しい。」
開けるから、どうか、嫌いにならないで。
扉越しに藍に聞こえないくらいの声量で呟いて重たい扉をゆっくり開ける。そこには長身の男が立っていた。
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