藍染めの熱帯夜
那月イル
第1話
「もしもし、初めまして。」
「あ、本当に繋がるんだ。不思議。初めまして。」
僕達には、きっと「誰か」が必要なんだ。
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体調が悪い事を他人に気付かれてはいけない。例え体温計が38.0度を示しても、毎日吐き気に襲われても、他人には普通に見える様に過ごしたいのだ。
自分を嘘で固める事は、そう難しくはない。
戸籍上は女、容姿は女、心は、わからない。ひとつ確かなのは、女ではないという事。
別に自分の容姿が嫌いな訳ではない。心が、周りに追いつかない。誰にも恋愛感情を抱く事が出来ずに大人になった。
________________病名がつけば楽なのに。
仕事終わりの電車の中、ふと、通話をしている男女の絵が描かれたSNSの広告が目に入った。
「リアル友達との通話より楽しい____?」
それは物悲しい夕暮れ時の所為なのか、見えない何かに期待してしまった所為なのか、僕がそのアプリをインストールしアカウントを作成するまでに時間はかからなかった。
・[名前]ハル
・[年齢]24歳
・[性別]無回答
・[好きなもの]漫画、アニメ、写真を撮ること
アイコンは画像フォルダにあった自分が撮った空の写真を使った。
玄関の鍵を開け、誰も居ないのに小声で「ただいま」と挨拶をする事が習慣化していた。一人暮らしは心細い。
「へぇー、チャットとかも出来るのか。」
電車の中で登録したアプリを眺めながらとりあえずチャット相手を探す。
「あ、マッチングした。誰だろ。」
・[名前]藍
・[年齢]26歳
・[性別]男
・[好きなもの]漫画、バドミントン、写真を撮ること
インドアなのかアウトドアなのかわからんプロフィールだった。アイコンの横顔が本人なら凄く美形なんじゃないかと浮き浮きしながら挨拶文を送る。
___初めまして。こんばんは。今夜通話できませんか?
___初めまして。俺は何時からでも通話大丈夫です。宜しくお願いします。
___じゃぁ今から、掛けますね。
こういうのは勢いが大事だと、通話ボタンを押し、汗ばんだ手でスマホを握り耳に当てる。
「もしもし、初めまして。ハルです。」
「あ、本当に繋がるんだ。不思議。初めまして。藍です。俺このアプリで通話するの初めて。」
「あ、僕もです。さっきアカウント作りました。アイコンの横顔は藍さんですか?」
「そうだよ、俺の横顔。ね、これから敬語抜きにしようよ。俺の事は藍って呼び捨てで構わんからさ。俺もさん付けしないし。ね、ハルくん。」
「そこは呼び捨てじゃないんかい!僕もハルで良いよ。」
あ、男だと思われてる。まぁ確かに女性にしては声は低いし性別無回答にしてるしな。普段、女性として接してもらうことに息苦しさを感じていたから、男性だと思われている方が好都合かな。
「藍は何でこのアプリ使おうと思ったの?」
「んー、彼氏に振られたから…かな。俺、隠れゲイだからさ、周りに相談する人が居なくて、誰かに話せたら楽になれるかなーと思って。」
今にも泣きそうな声なのに、画面の向こうで強がって笑っているのが分かる。自分を男だと思わせている罪悪感で押し潰されそうだ。
「泣きたいなら泣いていいよ。強がらないで、僕には弱いとこ見せて良いんだよ。その為の通話でしょ?今日は藍の話を聴く日にしよう。次は僕の話を聴いてね。」
「ありがとう。そいつの名前、優太って言うんだけど、俺、優太の事すっげえ好きなの。でも昨日優太から電話あって、矢っ張り俺はゲイじゃないかもって、好きな女の子が出来たって。誰にも言えない関係は辛いって。別れようって。」
嗚咽混じりで話す藍に対して僕はどんな言葉をかけるのが正解なのか、只管に考えた。
「話してくれてありがとう。」
今はこの一言が精一杯だった。
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