002 続かない平和

「なんと…。」



ロードがきつねにつままれたような顔をしている。転移魔法の存在は機密きみつに近い。とはいえそれはテラーが存在していた時の話である。



「そろそろ転移魔法の魔法構成が公開されるはずですよ。」



ジュエルがロードに話かける。ロードはキラキラした目でジュエルを見ている。「私にぜひともご教示ください!」と顔に書いてある。ただ、ロードは職務に忠実なようで、表情とは裏腹に、王城への案内を始めた。



「勇者ジュエルきょう、国王陛下へ謁見えっけんのために登城!開門ー!」



ロードのふとい声が響き、王城の門が開く。



「陛下、ジュエル卿が謁見の間にお着きになりました。」



臣下しんかの報告により、国王クリスタル三世が謁見の間に入る。儀礼的な挨拶が終わると、国王により人払いがされた。



「ジュエル。実は最近不穏な動きがあるのじゃ。」



国王は重たい声で話を始めた。



「知っての通り、世界には我がオパール王国を含め、九つの国がある。それぞれの国に特徴的な産業があり、各国が協力しあうことで世界は成り立っておる。


その国のいくつか、主に農業を中心としている国じゃが、そこで最近異常気象が続いておるのじゃ。このままでは収穫量は例年の七割程度になるであろう。」



確かに大きな問題ではある。しかし、過去にも何度が異常気象による収穫量の減少は発生していた。その度に各国は協力し、生活を維持してきた。三割の減少であれば、なんともできないというわけではない。数年程度ならば、もちこたえられるだろう。



「もちろん世もオパール国王として、協力を申し出た。多くの国がこれに続いた。しかしじゃ。二つの国は、協力を拒んだ。」



ジュエルが驚きの声をあげる。



「その二つの国は、農業を主産業としている国じゃ。要するに、自分たちの食糧が足りぬから、協力はせん、そういうことらしい。」



困り果てた表情を浮かべる国王に、ジュエルが質問する。



「陛下、なぜ急に協力を拒むようになったのでしょうか。過去には幾度となく協力しあってきたはずです。」



ジュエルの質問に、陛下は「敵を失ったからじゃ」と答えた。そう、テラーは人類共通の敵だった。だからこそ人類は協力し、結束して立ち向かい続けた。オパール王国が世界のリーダー的な地位を有しているのは、ジュエル、すなわち勇者がいるからである。


そのバランスはあの日、もろくも崩れ去っていた。


ここ一か月間特段の問題が起きなかった理由は、単に各国が発展に力を注いでいたからに過ぎない。発展も一段落し、生活レベルも豊かになった。そんなときに始まった異常気象、そして食糧しょくりょう問題。それは世界の平穏をかき乱すものとして十分すぎるものだった。

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