第2話 墓地にて(裏)

「なんて、酷い親なの!」

 幽霊女が憤った。


「ああいう親が増えているから、ああいう感受性ゼロの子供が育つんじゃない。そのせいで、こっちはどんどん数が減ってるっつーの!」


 人間の恐怖心を糧に妖怪は生きている。より正確には、妖怪を認識できる恐怖心を持った人間しか獲物にすることができない。神が決めたのか、仏が定めたのか知らないが、これが自然の理だ。複数の人間が同時に妖怪の存在を認識できないのも、同時に複数の人間を惑わすのが難しいからだ。


 食うものと食われるものがいて生態系のバランスがとれている。だが、昨今の急速な近代化で、妖怪は絶滅寸前だ。多くの生物を絶滅させてきた人間、それを狩るのが妖怪の定めだが、残念ながら、その務めを果たせずにいる。絶滅した動物には合わせる顔がない。


「夕方になると風向きが変わる? それは海辺の話だろうっつーの。ここは内陸だから変わんねぇっつーの。生半可な気象知識使うなっつーの。腐臭が鳥や小動物の死骸が原因だと? お前の鼻は犬並みか。人間の嗅覚でそんなの嗅げるわけないっつーの。こっちがお前の首元で臭い息を吐きかけてんだっつーの」

 幽霊女が飛ばす臭い唾がかかり、サトリが顔をしかめた。


「陽性残像? それは強い光見た直後の話だろうが。お前は太陽を背にしてるんだから、そんな現象起きませーん! 水分補給が有効なのはこむら返りですー。よくそんなんで物理トップとれますね?って、田舎の三流高校のトップなんか自慢になんねぇっつーの。お前なんか全国模試なら偏差値40が限界だろ。この井の中の蛙が!」

と幽霊女が毒づくと、

「井の中の蛙、大海をしらず。されど、天の深さを知る。そのことわざは、広く浅い知識と狭いが深い知識、果たしてどちらを選ぶのか。限られた人生では両方は選べない。何を得て何を捨てるのか。そういう深い意味を持っている言葉だ。残念ながら、多くの人は前段しか知らないが」

と幽霊女とは対照的にサトリが冷静に諺の説明をした。


「そんなの知ってるしー」

「いや、お前は知らなかった。私に嘘は通じない」

 幽霊女の負け惜しみを、空気の読めないサトリが否定する。


「あんた、本当にいちいちムカつくわね!」

「それは、本心だ」

「言われなくても、わかってるっつーの!」

 傍から見るといいコンビだが、当の本人たちは互いに嫌い合っている。人間の漫才コンビと同じだ。


「とにかく、あいつを怖がらせないと、こっちは飢え死にだっつーの」

「だが、残念ながら彼は我々の存在を全く信じていない。そのため、こちらから彼に及ぼせる影響力も小さい。彼は諦めて、次の獲物を狙ったほうが確実だ」

「最近じゃ、あいつしかここを通んないっつーの!」


 神隠しの噂が広まっているためか、いや、それよりも人通りの少ない墓地を通ることで痴漢や犯罪に巻き込まれるリスクを避けるためだろう、最近は、学以外の人間が夕方に墓地をめったに通らないのだ。狩場を変えるにも、他の墓地はすでに別の妖怪のテリトリーとなっており、入り込む余地がない。


「全く、使えねぇ奴らだな」

 口論している二人をイタチが鼻で笑った。


「はぁっ? 誰に向かって物を言ってるんだっつーの!」

「おい、お前ら人型は獣型を下に見ているが、妖怪としては俺たちの方が先輩だってわかってるよな?」

 昔、人がまだ自然の驚異に怯えていたころ、野生の獣もまた崇拝の対象だった。そのため、人知を超えた存在も獣をかたどったものが多かった。だが、人間が自然を支配するに従い獣の地位も下がり、妖怪もまた万物の霊長たる人の形をとるようになっていったのだ。


「そんな大昔の話されても困りますぅー」

「お前ら人型は、人間の認知機能を利用して恐怖感を与えるから、あいつみたいに俺たちの存在を信じない奴とは相性が悪いんだよ。それに引き換え、俺たちは物理的な攻撃をするから、たとえ相手が信じていなくてもダメージを与えることができる。そこで動揺して恐怖心が増したところで、一気に止めを刺す」

「確かに、それは一理ある」

 イタチの言葉に、サトリが頷いた。


「じゃ、ちょっくら行ってくらー。弟ども、ついてこい!」

「イエッサー!」「ラジャー!」

 イタチ三兄弟、いわゆるカマイタチが学めがけて飛び出した。

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