第1話 墓地にて(表)

 とある田舎町の夕暮れ。人気のない墓地を、一人の男子高校生が家路へと向かっていた。高校生の名は、数見かずみまなぶ。その名の通り、数学や物理は学年トップだが、現代文や古文は赤点ギリギリの典型的な理系人間だ。


 その学が、今にも幽霊や妖怪の出そうな墓地を一抹の恐怖感も感じずに歩いていた。


 気のせいか、学の首筋に、ふと生暖かい風が吹いた。

――夕方になると、風向きが変わるな。


 気のせいか、学の鼻が、空気中の僅かな腐臭をかぐ。

――ここは木が生い茂っている。鳥や小動物の死骸もあるのだろう。


 気のせいか、学の目が、人魂らしいわずかな光を墓石の間にとらえた。

――昔は、人魂の正体を空気中の燐が燃えてるせいだというトンデモ理論が流行っていたな。バカバカしい、ただの『陽性残像』だ。強い光を見た後に、別の場所を見るとそこに色がついて見える。それだけのことだ。


 昔の人が幽霊や妖怪を信じていたのは仕方がない。当時の人間の知識では理解できない自然現象がたくさんあったのだから、それらを説明するのに幽霊や妖怪を想像するのは極めて合理的な思考だ。


 だが、令和の時代に超常現象を信じるのは愚の骨頂だ。『神は死んだ』とニーチェは言った。近代合理的思考は、人間の宗教観を変え、宗教に基づく権威を失墜させ、国家間の権力バランスにも影響を与えた。にもかかわらず、未だに神仏以下の魑魅魍魎を信じるなど常軌を逸している。


 そういえば、クラスメイトの沢田さわだ茉莉果まりかが、アマビエのストラップを鞄に付けていたな。幼稚園児ならともかく、高校生にもなって愚劣としか言いようがない。


 しかも「私、時々、金縛りにあうの。もしかしたら、霊感が強いのかもしれない」などとほざいていた。


――ばかばかしい。寝る前に適切な水分補給をしない、それだけの話だ。


 この墓地でも大勢が神隠しにあっており、生徒が年々減っていると力説していた。


――かわいそうに。きっと親の育て方が悪かったのだろう。


 小さいころからサンタクロースの存在など信じさせずに、クリスマスの時期には、事前にプレゼントの予算を教える親に育てられた自分は本当に幸せだと、学は両親に感謝するのであった。

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