呪うならば、振り返ってはいけない

小道けいな

いじるというのは体の良い表現

 なぜ標的にされるのか分からない。同じ中学の子がいない高校に入学し、ゴールデンウイークが終わった後からだった。


 私に彼女たちは絡み出した。友達になろうという様子ではなく、もう仲良し過ぎるという感じで近づいてきた。


 私からすれば大迷惑だ。


 彼女たちの話す内容はまったく興味がない。大体、ネットで何か見たとか、テレビ見たとか、映えるとかどうでもいい。


 SNSをすることを強要され、読まないと怒る。それが夜でもしてくるのだから、大変迷惑だ。


 私は親が厳しいからと言って逃げた。

 それで離れてくれると思ったら、かわいそうな私を親から解放してあげようということになったらしい。何かできるわけではないのでそれはそれで話は終わった。 


 友達はいらないとは言わないが、彼女たちのようなものではない。


 私は、ただ、日々、自分のために過ごしたいのだ。


 友達友達と言いながら、毎日、彼女たちは私のためにならない。彼女らのおもちゃみたいな感じがする。


「勉強ばかりしても仕方がないじゃん」

「どっか大学とか行けるっしょ?」

「大体、つまらないじゃん、学校との往復で」

「こっそりネットすればいいだろ?」


 四人はケタケタ笑いながら言う。

 私は行きたい大学があるし、勉強したいことがある。だから学校でも勉強したいのだ。


 読んでいる本を取り上げてくる事もある。それを怒ると怒る私がおかしいという風に対応してくる。


 目立ちたくないのに教室で目立つ。


 私が怒ると、私が悪いみたいな雰囲気にもなる。

 できれば彼女たちの会話に反応はしたくない。それを聞き流して放置していれば面白くないとあきらめてくれると思っていた。


 担任に相談したところで仕方がないし、親には心配を掛けたくない。


 八方ふさがりで嫌になる。


 かといって、一人になりたいから放っておいてということを言うのも何かおかしい。


 彼女たちはまじめに聞いてくれないだろうし、そうなると私がヒステリックな人とレッテルを貼られ、私が悪いと全体でなるかもしれない。


「ねぇ聞いてる!」

「今度の休みにさ……」

 私の腕を叩きながら言ってくる。


 さすがにやめてという感じで身をよじった。

 反応をしてしまった。

 彼女たちは笑った。底意地悪い、気持ち悪い笑いだ。


「いやー、可愛いー」

「ほらほら」

 四人で突くように、はたくように私に触る。


 叩いているのだ、実際に。


 周りからは暴行に見えないように、手加減をしているのだ。

 触れるのは嫌なため、冷静さが私から消える。


「やめて!」

「なによー、ちょっと遊んでいるだけでしょ!」

 四人が口々に反論したため私は黙った。

 周囲の視線も痛い。


 視線があきれているものだった。それは私に対してか、それとも、全員か。

 彼女たちは学校の外でもしばらく一緒だ。放課後どこかに連れて行かれそうになった事もある。それを振り払って逃げたら、擦り傷等した。制服も汚れた。


 非常に腹が立つが、その矛先はない。


 彼女たちとつきあわないのが一番正解だろう。向こうから寄ってくるから難しい。

 ぶち切れて、周りから誰も相手にされないように反応すればいいのだろうか。


 それはそれで、いじめがエスカレートしそうだ。


 今日の帰り道も彼女たちはついてくる。


 駅やバス停、自転車通学で方向が途中まで同じという嫌なパターンだ。

 さすがに家までついてこないが、途中まで一緒だ。


 私を取り囲むように歩く。私の左右は自転車だ。後ろと前に徒歩の子がいる。

 逃げられないようにしているというのがよく分かる。


「でさー」

「でもー」

「あんたさー」

「なんで」


 自転車のタイヤでたまに小突いてくる。

 時々、靴にタイヤが引っかかり、転びかける。


「なにやってんのー、バカだよね」

 謝罪もなく私を笑う。


 私はなぜ彼女たちにつきまとわれるのか分からない。

 本当に、毎日が苦痛だ。

 どうにかできないものだろうか?


●解決策のはあるのだろうか

 ある日、放課後、図書室に向かった。


 図書室は彼女たちは来ない。だからといって、帰り道に彼女らがいないという保証がない。


 四人そろっていると必ず来る。誰か欠けていると来ない。


 不思議だが、誰かが司令塔なのか、それとも、全員で一人の存在なのか、謎だ。


 利用者が片手で数えられそうな程度の図書室だ。蔵書数は多いため、私はこまめに借りに来る。


 今回は民俗学あたりを見てみる。


「呪い? そっか、こういうのって」

 胸の内でつぶやき、手を取る。


 おまじない集みたいな物があった。


 手にとって見てみる。今の状況を打破できる物はないか、と少しすがる思いがある。


「呪うならば穴二つ……?」

 なぜ穴が二ついるかという説明もある。


 呪ったら、自分も呪われるかもしれないというのだ。うまく呪いが掛かればいいけれども、失敗すると返ってくるものがあるという。


「うわ……」

 呪いを使うには色々な物がいるらしい。


 普通に生きている私には手に入れられない物だし、普通の私だとできないことばかりだ。


「……あ、でもこれは……」


 ある動作をしないだけでできるというのがある。小学校ではやったおまじないの類いだと口元が緩んだ。


「なぜ、穴が二ついるか説明しますか?」


「わっ!?」

 突然背後から声を掛けられ、私は驚いた。


 誰かが近づいてきたことに気づかないほど集中していたなんて、恥ずかしい。


 そこにいるのはエプロンを着けた細身の女性だ。陰気、に見えるけれどもよく分からない。


 図書室の先生だろうか? 図書室にいる先生の印象が全くなかった。


「どういうことですか?」


「熱心に見ていたから、つい声を掛けてみたの。私はそっちを勉強していたから、つい」

 先生は淡々とした口調だが、どこかおどけた雰囲気を持っていた。


 説明を聞くかどうかは悩む。

 どうせ、解決はできないけど、大人と話しても良いかもしれない。


「じゃ、なんで穴二つなんですか?」

「それは呪った人も死ぬからよ」


 いや、それは本に書いてあった。


「でも、こういった物を使えば問題ないんじゃないんですか」

「それが、そうでもないのよ」


 先生は楽しそうに語る。

 私も行きたい大学で、学びたいことを学べればこうなるのかな? 今を切り抜けて大学に行く希望を抱いた。


「つまり、代償がいるの」

「この材料が代償じゃないんですか」

「それはあくまで来て下さいっていう合図。前払い金……だと私は思っているの」

「前払い?」

「手付金ともいうわね。つまり、話を聞いてくれる代償」

「えー? 無料が当たり前じゃないの?」


 引っ越しの見積もり、リフォームの見積もりとか広告で見るけど、無料だし。


「無料なのが当たり前って誰が決めたの? 仕事するのにタダでできる?」

「うーん……話を聞くなら?」


 そう考えると、遠くに行くとなると交通費とかかかるよね?


「まあ、細かいことはさておき、そういうこと。話を聞いてくれる代償」

「じゃあ……成功すれば、呪われない?」

「失敗したら確実に影響は出るし、物によっては何らかの代償は持って行かれる」

「なんだか、損した気分」


 私は溜息が出そうだ。

 これを使えば、あの人たちを黙らせることができると考えたからだ。


「呪いも人それぞれ。たとえば、同行している人を消したいならばこの呪文を唱えて道を歩く。その間、何があっても振り返らないで家まで入る……。私からすると重いけどね」


 私は先生が指したものをみて、はっとする。

 これは私が望んだ物だ。


 彼女たちと別れた後、家までちょっとあるけれども、大体誰かに会うこともないし、真っ直ぐ家に入ればいいのだ。


 簡単だ!


「へぇ……」

「まあ、ごゆっくりどうぞ」

「あ、はい」


 先生は立ち去った。

 私はその本を借りず、ノートにメモは取る。

 いつ実行に移すか、本当にするのか……しばらく考えることにした。


●振り返ってはいけない

 あれから一週間、使わなかった。


 彼女たちの態度に我慢ができたからだ。我慢できたというより、もしも何かあったらあれをしてみてもいいと思うと余裕ができたからかもしれない。


 心の余裕は大切だ。


「ねぇ、今日、あんたの家に行っていい?」

「暇なんだよねー」

「そうだ、宿題、たりーし、あんたの家で一緒にしよう」


 私は目を見開いた。


「なんで?」


 真っ直ぐ質問した。

 これまでうちに来ようとしたことはない。そのようなそぶりはあったが、皆、遊ぶために帰っていっていた。


「だって、あんたの家、あの途中にある、めちゃでかいマンションでしょ」


 大きいといっても、新しい訳ではない。


 親が古いからゆったりと作られているというのだ。わたしにはよく分からないけど、高級マンションとは違うらしい。


 違いは分からない。


 彼女たちが来るということは、たかが外れて何度も来る可能性が生じてくる。


「親、いるし」

「いいじゃん、別に」

「あたしたちが行くと困るの?」

「……」


 私が断れないことを知って言っているのが彼女たちの目をみれば分かる。


 塾があるからとか嘘がつけない。塾はどこかとなるとぼろがでるから。


 家が汚れているからも不自然だ。とってつけた感じだ。


 それならば、うちに来たいというのもとってつけた感じはする。


「なんでうちに来たいの?」

「なんで? 友達の家に行きたいって普通じゃん」

「あんたが不思議がるほうが違うよ」


 彼女たちは笑う。

 私の喉はからからになってくる。どう答えていいのか、どう対応していいのか分からない。


「あたしたちが行ったら困るの?」

「突然だったから……その、部屋散らかっているし。親に連絡しないといけないし」

「別におもてなしは要らないよ? 宿題をするだけじゃん」

「なら、図書室か教室でも?」


 私は反論の余地を見つけた。


「なんで? あたしたちは家に行きたいの」


 笑いながら言う。

 どうしよう、どう答えてもそこに戻る。かといって、濁したところで、ついてくる、この人たち。


 教室を見渡した。

 成り行きを聞き耳立てて伺っていた人たちも私の視線が動いた瞬間、気配を消した。


 面倒臭いことに巻き込まれたくないというのが本音なのがよく分かる。


 もし、私も彼女たちの立場なら……。


「今日、いいよね」

 私の肩を抱くように回り込む。


 肩に触れられるのや、耳元に息が掛かるのは大変嫌だった。反射的に立ち上がり振り払う。


「やめてっ」

「いったー」


 彼女がわざとらしく倒れる。


「ひどーい」

「別に叩いたわけでもないじゃない」

 彼女たちは口々に言う。


「ごめん。でも、前から触られるのは嫌だって」

「おかしいって。スキンシップ取らないと」

「そうだよ」


 彼女たちは笑いながら私の肩や腕、腹など触りだした。


「本当、やめて」

「なんで、スキンシップ取っているのに、なんで怒るんだよ」


 彼女たちに何を言っても駄目だ。


 私は、覚悟を決める。


 振り返らなければ良いんだもの。


 どうせ、答えを保留しても、彼女たちはついてくるだろう。

 ならば、彼女たちを消してしまえばいい。


 今は耐えた。


 そして、放課後、彼女たちは私を離さない。

 私は、あの呪文をつぶやいた。彼女たちに怪しまれないように口を動かす程度の小さな声で。


 聞かれたらどうなるのか分からない。


 幸いなことに彼女たちははしゃいでいて私の声は聞いていないようだった。


 いつものように私を囲むようにこの人たちは歩き出す。


 その呪文に彼女たちの名前を織り込み、彼女たちの顔を思い浮かべる。後ろにいる人は見えづらいけれども前や横にいる人たちは見える。余計に描きやすい。


 呪いが効かなかったらどうなるのだろうか?


 家にこの子たちが入ってくる。


 色々な物をいじられる。いじって壊したり、要らなくても欲しいとか良いそうだ。


 私を困らせるために。


 親に彼女たちに嫌がらせを受けているといっても、迷惑なことだ。

 自分で片をつける。


 どうやって呪いが発動するか分からない。

 ただ、彼女たちに何か起るのだ、私にちょっかいを出せないような。


「でさー」

「めちゃ楽しくてさ」

「でもー」

「それで?」


 彼女たちのおしゃべりは煩い。

 煩いのも今日までだ!


「あれ?」

「どうかした?」

「いや……うーん?」


 声が三人になった。

 後ろにいた声が一つ消えている。


「きゃあああ」


 今度は背後で悲鳴が上がる。私は驚いたが、振り返られない。


「どうしたの」

「え?」


 私の横や前あたりにいた二人が振り返る。

 そして、足を止めたらしく、私の視界から消える。


 静かになった。


 私は何が起ったのか見たいと思った。

 見てしまったら、元も子もない。


 振り返らず家に進む。

 近所の知っている人に声を掛けられて無視ができない。


 誰かに呼びかけられたらすべてが無に帰す。


 あと一息でマンションだ。


「なんだっ!」

「ちょ、君、大丈夫かい?」


 途中ですれ違った大人たちが私の後ろを見て、私に声を掛けてきている。


「大丈夫ですよ!」

 私は振り返らず答える。


 ここで誘惑に負けては私も呪いを受ける。


 玄関入るまでが勝負なのだ。


 マンションの入り口はガラスの扉がある。中が薄暗いから外の様子が映る。

 彼女たちの姿を見て私は「ひっ」と小さく声を出した。


 あの四人はゾンビ状態になっている。それを大人たちが何かいいながらこちらを見ている。


 それで静かになったのか?


 でも、静かになったとはいえ、彼女たちはどこまでついてくるのか?


 うちまで来るつもり?


 でも、扉を閉めてしまえば来られないはずだ。


 私は希望を持った。


 無視すれば良いのだ。

 走る。


 ガラス扉がこちら向きに開いた。

 中から人が出てきたのだ。


 私は場所を空けるために反射的に体をずらした。ベビーカーを押している女性だった。だから、討つも通り、扉を抑えた。私は横に体を向け、女性たちを見送るように、視線を動かした。


「あっ」


 私の目の前は暗転し、床が抜けるような衝撃があった。

 ああ、呪いの代償が支払われたのだなぁと呆れる自分の声がした。


 その直後、私は絶叫を放っ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪うならば、振り返ってはいけない 小道けいな @konokomichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ