第2話
五分前、桜の樹の下。
私はその場所にいた。
大地くんは雄叫びをあげながら学校の門を飛び出していった。
どこに行ったかは察しがついているから私は慌てない。
大地くんは昔からお父さんに怒られた時や何か辛いことがあると、よくあの公園のブランコに座って泣いている。
そして、それを隣で慰めるのがいつの間にか私の役目のようになっていた。
「お前はいい奴だな……」
なんて、鼻をすすりながら笑う大地くんが可愛くて私はもう、その頃から彼の虜だった。
――それから十年、奇跡的にもずっと同じクラスになることができた。
中学生にもなると周りから「付き合ってるんでしょ」、なんて揶揄われることが多くなったけれど、私にとってはむしろ嬉しいことだった。
高校生なってからはもう大地くんの表情やアレやコレといった言葉だけでもだいたい察してあげられるものだから「お前ら熟年夫婦かよ」、なんて言われるようになっちゃったりもして、大地くんも中学生の頃はむくれながらいちいち否定していてそんなところも可愛いなあ、なんて思いながら大地くんの顔を盗み見て秘かにニヤニヤしていたけれど、高校に入ってからは性格的にも落ち着きが出てきて、「まあ付きあい長いからなー」、とか軽く流せるようになってそんなところもかっこいいなあとか思ったり、それ以外にも語りつくせないくらいに好きなところはたくさんあるのだけれど、とにかく私の大地くんへの思いも爆発寸前のところまで来ていたのだった――。
だから私は計画を実行することにした。
卒業式の後、満開に咲いた桜の下で、皆で写真を撮ろうと私は提案する。
皆というのは私と母と大地くんと大地くんのお父さん。
そして、その瞬間は私の思い通り訪れた。
「ずっとあなたのことが好きでした!俺と付きあってください!」
大地くんは私の思った通りに告白してくれて。
私の隣へ手を差し伸べた。
「ごめんなさい。友達のママでいさせて欲しいの」
困った顔で母がそう告げると大地くんはこの世の終わりのような顔でこの場から逃走する。
大地くんが私の母にずっと思いを寄せていることは当然知っていたけれど、それでも私も大地くんの事がずっとずっと好きだった。
それと同時に、大地くんがどんなにアピールをしようとも母が大地くんの事は男性として見ていないことも当然知っていた。
だから私は大地くんにそれとなくこの学校の桜の樹の噂話をして、それからずっとこのときを待っていた。
大地くんが母に告白して振られるこのときを――。
私が公園へ行くと思った通り、大地くんはブランコに座り黄昏ていた。
私はその隣のブランコに立ち、少しずつ漕いでいく。
ブランコを漕いでいると今までの思い出が走馬灯のように駆け巡って、ようやく今、私の思いをぶつける時が来たはずなのにすっごく緊張する。
「なにやってんだよ」
「なにって、ブランコ漕いでるんだけど」
流石に隣に私がいることに気がついた大地くんに、そっけない返事を返してしまった。
「そういうことじゃなくてな……」
呆れたように大地くんが呟く。
覚悟を決めるためにいっそう強くブランコを漕いで、私は跳んだ。
「見 た で しょ」
跳んだ時にスカートが少し捲れたので、あえていたずらっぽく聞いてみる。
大地くんになら見られたって気にしない。
それに小さい頃から何度となく見られているのだから今更だ。
「見てない」
照れてそっぽを向く大地くんもやっぱり可愛い、というのは置いておいて。
覚悟は決めたはずなのに、心臓が今にも飛び出しそうで上手く喋れない。
「あの、さ……」
ゴクリ、と唾を呑む音が聞こえた。
「私、ずっと大地くんのことが好きでした。その……」
ブランコに座り込んでいる大地くんの前で、深呼吸を一つ。
大地くんの目を見つめて声を絞り出す。
「私と付きあってください!」
それを聞いた大地くんは暫くの間、目を開いたまま動きが止まっていたけれど、ため息をついてから呟いた。
「俺、お前のお母さんに告白して振られたばっかりだぞ?」
弱っている人は落としやすい、なんていうのをテレビか何かで見たことがある。
傷ついたばかりの今の大地くんならあと一押しで落とせる気がする!
「ぜんっぜん、私は気にしないよ」
笑顔で私は嘘をつく。全然気にしないなんて言うことは流石にない。それでも大地くんと恋人同士になれるのなら些細なことだ。
「大地くんとはもう、友達のままじゃ嫌なの」
瞳を潤ませ、視線に私の十年分の思いを込め大地くんを見つめる。
「……ああ、わかったよ。こんな俺で良かったら、付き合ってください」
こうして私の計画は成功し、私たちはようやく恋人同士になれましたとさ。
めでたしめでたし。
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