友達のまま
遠藤初日
第1話
それはほんの五分前の出来事だ。
入学してすぐ、この高校には桜の樹の下で告白すると叶うという噂話を耳にした俺は、この日を指折り数え待っていた。
卒業式、満開の花びらがはらはらと優しく舞う桜の樹の下で。
「ずっとあなたの事が好きでした!俺と付きあってください!」
まわりの目も気にせず、俺は長年思いを寄せていた相手に告白をして――。
「ごめんなさい。友達のままでいさせて欲しいの」
あっさりと玉砕した。
十年――、積み重ねに重ねた塔のごとき俺の思いは神の雷のような一言で跡形もなく崩れ去る。
高校三年生、十八歳。四月からは就職し大人の仲間入りをするにもかかわらず、俺は泣き叫びながら全力でその場を走り去った。
高校の近くの、人気のない公園のブランコに腰を下ろし、なんとなくゆらゆらと体を揺らしながら思い出に浸る。
昔はもっと遊具も色々あったのだけれど、危険だとかなんとかでほとんど撤去されて今では滑り台とブランコ、それと半分埋まったカラフルなタイヤぐらいしかない。
幼稚園生の頃は
遊びながら、彼女の方を振り向くと彼女はいつも笑顔で手を振ってくれた。
その頃は特に意識はしていなかったと思うけれど、もしかしたらその頃から俺は彼女に惹かれていたのかもしれない。
羽美というのは幼稚園生の頃にアパートのうちの部屋の隣に引っ越してきた女の子だ。
俺のうちは父子家庭で羽美のうちは母子家庭ということで親同士も意気投合し、俺と羽美が同い年ということもあって親子連れでよく一緒に出かけた。
羽美とは小学校でも同じクラスで、小学校で新しくできた男友達よりも羽美と一緒にいることの方が多かった。
俺が彼女を意識し始めたのは小学二年生の運動会の時だった。
俺のうちと羽美のうちは一つのレジャーシートを敷いて一緒に座っていて、昼食なんかも四人で一緒に食べた。
俺の父親は料理がヘタクソで、その日もでっかいいびつなおむすびをいくつか持ってきていた。
対して、羽美の母親は大きなお弁当箱に、綺麗に色とりどりのおかずを詰め込んで、俺と父の分まで作ってきてくれていた。
私も早起きして手伝ったんだよー。なんて、羽美は誇らしげに言っていた。
その時食べた、綺麗に焦げ目無く焼かれた玉子焼きの甘さは感動的な味だった。
そして運動会の目玉にして最終種目、クラス対抗全員リレー。
俺は当時は百メートル走でクラス内トップの記録を出していたのでアンカーに選ばれていた。
五クラス中、二番目の速さで羽美から俺にバトンが渡る。
「お願い、
「任せろ!」
脚に、足に力を集中させ必死で地面を蹴った。
一位の背中がぐんぐん近づく。
トラックの最終コーナーで勝負を賭け、体を傾け一位を抜こうとしたその時、足を滑らせて俺は転倒した。
擦り傷の痛みよりも、転倒した恥ずかしさと、皆に対する申し訳なさで動けなくなった俺に、
「諦めないで、走って!」
辺りの歓声をかき消すぐらい大きな声で彼女が叫んだ。
その声で俺は我に返り、転がったバトンを拾い上げて最後まで走り抜けた。
結果は当然最下位。
それでも彼女は、
「よく最後まで走ったね。偉かったね」と、膝を抱えて泣く俺の背中をポンポンと優しくたたきながら慰めてくれた。
その声と手の温かさに、俺は初めて人を好きになったのだと思う。
しかし、その恋も今しがた終わったばかりだ。
これから俺は何を目的に生きていけばいいのだろうか。正直、働くことの意味も見失ってしまって、俺は来月からちゃんとやっていけるのだろうか。
まあ、いずれはこの傷も癒えるのだろうけれども、果たしていつになるのやら。
はあ、と大きくため息をついて顔を上げると隣のブランコが揺れていることに気がついた。
そちらに顔を向けると、そこには制服のままブランコを立ち漕ぎする羽美の姿があった。
「なにやってんだよ」
「なにって、ブランコ漕いでるんだけど」
思わず悪態をついた俺に羽美は顔を向けることもなく勢いよくブランコを漕ぐ。
「そういうことじゃなくてな……」
さっきの今で隣に羽美がいるというこの状況は俺にはとてもいたたまれない。
いっそう強くブランコを漕いだ羽美が跳ぶ。
スカートが一瞬捲れてちらっと中が見えた。
「見 た で しょ」
「見てない」
華麗に着地を決め、俺の正面へぴょこぴょこ跳ねてくる羽美に食い気味に答える。
恥ずかしさのためか羽美の顔はほんのりと赤味がかっていて、後ろ手に手を組んでもじもじとしている。
「あの、さ……」
ゴクリ、と唾を呑む音が聞こえた。
ブランコから跳んだ時の勢いはどこに行ったのかというぐらいか細い声で羽美は呟く。
「私、ずっと大地くんのことが好きでした。その……」
羽美はすうっ、と大きく息を吸い込んでこちらを見据える。
「私と付きあってください!」
――俺の思考は停止した。
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