エターナルブレイカー

来宮 奉

エターナルブレイカー

 エターナルブレイカー。

 不定期に開催される秘密の会合。

 そこではその道の専門家が集い、未完成作品を完結させる。


 正規会員は6名。

 Z級テレビ映画監督、浅井(あさい)。(30代前半 男性)

 実力皆無の新人女優、小山(おやま)。(19歳 女性)

 打ち切り漫画専属編集、尺(しゃく)。(30代後半 男性)

 クソアニメで悟りを開いた尼僧、慧白(えはく)。(20~30代? 女性)

 酷評しかしない映画評論家、ケリー。(40代男性)

 過労死寸前の翻訳家、文野森(ぶんのもり)。(20代 女性)


 春の息吹感じる頃、一同は都内某所の貸し会議室に集まった。

 今回のホストは女優、小山。

 役作りのためだと言い張ってセーラー服を着用した彼女は、今回取り扱う作品についてまとめた資料を配り終わると、ホワイトボードの前に立って一礼する、


「皆さん、本日はエターナルブレイカー会合にお集まりいただきましてありがとうございます。

 さて、早速ですが私が完結を望む作品を発表させていただきます。

 タイトルは『超絶スキルで倍返し! 無職で無敵な異世界転生!』。この作品はweb上の小説投稿サイト『小説家になろう』に投稿され8ヶ月ほど更新が続きましたが、今からおよそ1年前の更新を最後に新規投稿が停止しております」


 ホワイトボードに書き出されるタイトルと日程概要。

 評論家のケリーはため息ついた。


「いかにも完結しなさそうなタイトルだ。よく読もうと思ったな」


 だがそんな悪態に対して尼僧の慧白が警告を出す。


「エターナルブレイカー会則第4条。作品に対して敬意を持たなければならない。

 今の発言は果たして作品に対する敬意を有しているでしょうか?」

「発言を撤回する。続けてくれ」


 ケリーは自分の過ちを認める。会合において会則は絶対だ。

 進行を渡された小山は小さく咳払いして続けた。


「内容はよくあるなろうテンプレ異世界ものです。

 社畜が交通事故に遭って転生して、異世界で冒険者となってヒロインたちとあれこれする話で、とくにこだわった描写もなく、非常にシンプルで余計な要素のないすっきりとした作品となっています」


 小山は作品を褒めようとしたが、上手く褒められなかった。

 それでもこの作品の完結を望む彼女は力説する。


「残念ながら、物語が中盤から終盤へ移行しているのかも知れないと感じさせるような描写をした段階で、更新が停止。

 作者は他の活動もしておらず、Twitterも停止。

 完全に失踪し、いわゆる『エタった』状態となってしまいました。


 ですが私は、超暇な時期に少しばかりの娯楽を与えてくれたこの作品が未完成のままでデータの海の底へ沈んでしまうのを良く思いません。

 主人公の冒険は、冒険と言うより日常に近く、こちらに結末が得られないのは承知しています。

 しかしながら、せめて主人公がヒロインのうちから誰を選んだのか。それを明らかにしてこの作品の完結としたいと考えています。

 皆さんのお力を貸していただけないでしょうか?」


 小山が訴えると、慧白が頷いて見せ、それに続いて映画監督の浅井も頷く。

 そして彼は低く、厳格な口調で告げた。


「エターナルブレイカー会則第1条。作品の完成に尽くさなければならない。

 作品の善し悪しは問題ではない。

 コヤマが完成を望むのであれば、我々もそれに協力する。そのためにこの会合は開かれたのだから」


 尺もケリーも、徹夜続きで机に突っ伏していた翻訳家の文野森も同意する。

 小山は皆に礼を述べた。


「ありがとうございます。

 ではこのまま作品の登場人物について紹介させていただきますが、その前に――

 私の名前は小山です。オ・ヤ・マ!! コヤマじゃないです。お間違いなく!!」


 浅井は適当に相づちを打って先を促す。

 憤慨する小山だったが、ホストである以上進行をしなければいけない。

 浅井については一旦保留して説明を再開する。


「まずは主人公。名前はありますがまあ主人公でいいでしょう。

 彼は26歳独身のブラック企業に勤めるサラリーマンでしたが、交通事故で転生。異世界へ飛ばされます。

 異世界での彼は適性なしの無職でしたが、この世界では適性なしの場合全ての能力が成長するとかなんやかんやあってものっそい強くなります。このあたりは深く考えずに。

 作中示される事実としては、彼は困っている人を見捨てることが出来ず、真面目で誠実。他者の幸せを自分以上に大切に考える人間だということです」


 いつものなろう作品だと、なろう界隈に精通した専門家たちは頷く。

 彼らの中でイメージされる主人公像は、おおよそ同じ形をとった。

 テンプレに忠実故に、想像もしやすい。

 小山は続けてヒロインの紹介に入る。


「ヒロインとして登場するのは6人。

 まずは最初から主人公と共にいる衆道女のシスター。名前もありますが、まあシスターでいいでしょう。

 彼女はとても優しい物腰の柔らかな女性と表記されています。


 続いて仲間になったのが戦士。こちらも名前は省略。

 露出の高い鎧を着た、勇猛果敢で恐れを知らない勝ち気な性格の人物と表記されます。


 その次が踊り子。名前はもういいですね。

 戦士以上に露出の高い服装。姉御肌で、大人の色香漂う人物だと表記されています。


 次が魔法使いの双子。

 まだ子供で少年のようだと表記されています。性格面では引っ込み思案とツンデレに分かれています。基本2人で1セットですね。


 最後が元悪魔です。

 なんかいろいろあって人間になって仲間になりました。

 知的であらゆる物事に詳しく、常に冷静と表記されています。ヒロインの中では最年長で600歳だそうです」


 ヒロインの紹介が終わる。

 6人それぞれについてホワイトボードへ簡潔に記載される。


 一通り資料に目を通して、ケリーが所感を述べた。

 彼は酷評ばかりの評論家だが、作品の質については口うるさい性格をしていた


「設定としては中途半端だな。

 各々が主人公と結ばれる強い動機がなく決定打に欠ける。提示された要素だけで、誰が選ばれるか結論を出すのは難しいのではないか?」


 間髪入れずに打ち切り漫画編集、尺が意見した。


「これが連載されたなろうという場所を考えると、全員を選ぶという結末も間違っていないのではないか」


 尺の投げやりな回答。彼は作品の質など二の次で、とにもかくにも完結を優先する。その結末が爆発落ちだろうと、俺たちの戦いはこれからだ! だろうと、一切不足に思わない。

 

 だがその意見も理にかなっていると、慧白と浅井も頷いて見せた。

 しかし小山はかぶりを振った。


「私もその可能性については考えています。

 ですがそうであるならば少なくとも、その結論に至るまでの納得できる理由が欲しいです」

「小山様のおっしゃることも最もでしょう」慧白が柔らかな声で告げ、それから問いかけた。「この作品を読み込んでいる小山様から見て、誰が最終的に選ばれるべきだとお考えでしょうか?」


 小山は深く考えることもなく即答した。


「個人的な意見ですが、最初に仲間に加わったシスターを押したいです。

 主人公が何も能力のなかった時代からのパートナーです」

「出会いのきっかけは?」浅井が問う。

「同じく能力がないとされていたシスターが困っていたところ、主人公が手助けしたんです。

 問題解決後にシスターは主人公に頭をなでられて彼に惚れます」

「あってないような理由だ。

 これだけではとても決めきれない」


 浅井の意見に対して小山も肯定的だった。

 とても最終的な選択に対して影響を及ぼす内容とはいえない。


 決めきれない状況を見て、尺が小山へと問いかけた。


「ちなみに肉体関係は?」

「あります。

 踊り子、戦士、元悪魔、魔法使い双子同時、最後にシスターの順ですね」

「全員とやったのか?

 なら全員を選んだで結論出せるだろう。実際行為に及んでいるんだ」


 尺は結論を決めようとしたのだが、小山はすかさず意見を返す。


「主人公は誠実な人間だと明記されています」

「誠実な人間は6人とやらない」

「一理あります。ありますけど、これだけで決めちゃうのは違うと思います」


 小山はまだ結論を出せないと主張する。

 ホストの権限は絶対だ。ホストがこの選択は作品の意思にそぐわないと主張するのであれば、完結したとは言えない。

 各々資料を読み込んで考えるのだが、やはり1人1人のキャラ付け、主人公と同行する理由、彼に好意を寄せる理由があやふやで中途半端で、決定打に欠けるのだった。


 資料と向き合い沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは、今日ここに来て始めて発言権を得た、文野森だった。

 彼女はゆっくりと顔を上げると、資料の一点を指さして問いかけた。


「すいません。一応確認しておきたいだけですけど、このシスターの紹介文どういうことでしょうか。

 衆道女となっていますけど、修道女の間違いですよね?」


 各員、資料を確認し、確かにシスターの紹介部分で”衆道女”と表記されているのを確認した。

 尺はバカバカしい間違いを見て言い切る。


「小山のタイプミスだろう」


 小山はすかさず反論した。

 

「いえ紹介部分は原文そのままコピペしてきました。

 ちょっと待ってください。――ほら、原文でも”衆道女”です」


 小山がスマホに表示した原文を皆に回して見せる。

 事実、シスターについては作品中においても衆道女と表記されていたのだ。

 しかしそうなると別の問題が発生してしまう。

 小山は首をかしげ、文野森へと視線を向けて尋ねる。


「何ですか衆道女って」


 文野森は死にそうな表情で思案して、頭の中にある辞書から正確な情報を引き出そうと試みる。


「衆道は原義では主君に忠義を果たして命を捧げることですが、実際使われるのは男色の意味ですね。要するに男同士での行為を意味します。

 衆道女はちょっと分かりません。辞書にはない言葉です」


 文野森の辞書にないのだから、そんな言葉は存在しない。つまり作者による創作造語だ。

 小山は思考を口にしながら繋げていく。


「衆道は男色。つまり衆道女は男色の女。いや、男色に女が入る余地あります?

 ということはつまり――腐女子ということでは?」


 その瞬間、小山の脳天に刹那的ひらめきが駆け巡った。

 資料を確認。ひらめきが間違いではないと確信する。

 彼女は早口でまくし立てる。

 

「とんでもないことが分かってしまいました!

 この作品のヒロインたちですが、シスターを除いては女性だと明記されていないんです!!

 つまり、戦士、踊り子、双子の魔法使い、元悪魔は全員男です!!

 これは典型的なろう作品の皮を被った、主人公とヒロイン(男)たちが繰り広げる、ガチホモアドベンチャーだったんですよ!!」


 飛び出した暴論に、いつもは裁定者気取りで冷静な浅井までもが立ち上がって異議を唱えた。


「無理がありすぎるだろ!」


 反面、小山による天啓を受けて資料を精査した慧白は告げる。


「確かにどこにも女性だと明記された箇所は存在しないようです。

 本文でもそのようになっていますでしょうか?」


 問われた小山がスマホを操作して本文を確認。

 他の会員も負けじと、絶対にそのようなことが事実ではない証拠を突きつけようと本文中へと検索をかける。


「戦士と踊り子の露出の高い服装は?」浅井が問いを投げかける。

「男だって露出の高い服くらい着ます」小山はすんなりと回答。

「踊り子に姉御肌という表記があるぞ」尺が指摘。

「男にだって姉御肌の人は居ます」小山はのらりくらりとかわす。

「3章4節、28行目。戦士の胸は大きいが張りがあると表記がある」ケリーがすがりつくように指摘。

「筋肉の話ですよ! おっぱいだと明記されてないです!」小山は勝ち誇ったように回答を突きつけた。

「双子について可愛い娘との表記がありますが」慧白が問いかける。

「男の娘なんでしょう。子供で少年のようだという紹介文の表記もそれで解決します!」小山はもうこの天才的発想が正しいと確信しきっていた。


 最後に文野森が資料にない部分について確認のために問いかける。


「行為に及んでいますが、その最中も女性であるような示唆はないということです?」


 小山は胸を張って答えた。


「この作品が連載されたのはなろうです。

 なろうでは直接的な性表現は禁止されています!

 つまり、どの穴を使ったとは明記できないんです! 要するにそういうことですよ!」


 文野森はそういうことならそうかも知れないと納得した。

 他の会員も、必死に本文へ検索をかけまくったにも関わらず、成果は得られなかった。

 この作品中では登場人物について女性だと明記されているのは、小山の言うとおりシスターだけだったのだ。

 小山はホワイトボードに結論を書き走る。


「シスターは衆道女です。

 つまり主人公と他の男たちが交わるのを観るのが彼女の役割だったんです!」


 ガチホモアドベンチャーと書き殴られたホワイトボード。

 確かに5名のヒロインが女性であるとは認められない。

 小山の論が正しいのならば、シスターについて衆道女と記載された理由にも説明がついてしまう。


 だがそれだけではこの作品は完結しない。

 浅井は小山の論を受け入れた上で、新たな問題を提起した。


「ひとまず衆道女の件について一旦認めよう。

 その上で問いたい。

 シスターは最終的に主人公と肉体関係を持っている。これは作品の趣旨にそぐわないと考えるがどうか」


 沈黙。

 ガチホモアドベンチャー路線で進めようとしていた小山だが、確かに主人公は女性であるシスターとも肉体関係を結んでいる。

 これはガチホモアドベンチャーとしても、衆道女のシスターとしても異なる展開だ。

 続けてケリーが再度問題提起する。


「仮に小山論が正しかったとして、主人公が誰を選ぶのか、という問題に結論は出せるのか?」


 再びの沈黙。

 ケリーの意見は最もだった。

 シスターが衆道女。その他ヒロイン5名が男。

 主人公はその全員と関係を持っている。

 さて最後に選ばれるのは誰?

 その難題に、答えを出すことは出来ない。


 完全に暗礁に乗り上げてしまった。

 この作品は完結させることが出来ないのか。

 

 誰もが諦めかけたとき、会議室の扉がノックされた。

 一同はそれを無視するが、再びノック。それからゆっくりと扉が開き、おずおずと若い女性が顔を出す。

 

 彼女は貸し会議室管理のアルバイトをするスズキ。

 スズキは既に終了時刻が迫っているのに、まるで退出の準備をしていない一同を見て、震える声で問いかけた。


「あ、あのぅ、そろそろお時間なんですけど……。

 後があるので、退出していただかないと……」


 怯えながら告げるスズキ。

 そんな彼女の声に、小山は扉を開け放ち、スズキの手を引いて会議室に連れ込んだ。


「見ての通り大変なところなんです!

 せっかくここまで来たのに、主人公が誰を選ぶのか全く分からないんですよ!」

「そんなこと、わたしに言われても困りますよ……」


 口ではそう言いながらも、律儀にホワイトボードを確認するスズキ。


「な、なんですかガチホモアドベンチャーって。わたしそういうのはちょっと――

 って、女性とも関係を持っているじゃないですか!」

「だから困っているところなんでしょうが!」


 小山が声を張ると、スズキは「ひっ」と怯えて小さくなる。

 されどその瞬間、スズキの目にホワイトボードの一番上。大きく記された、作品タイトルが飛び込んだ。


「あー。もしかして、タイトルの『倍返し』ってそういうことですか?」

「倍返し? ――あ」


 小山はタイトルを再確認。

 一同も、そのタイトルを凝視した。

 ――『超絶スキルで倍返し! 無職で無敵な異世界転生!』

 小山の脳裏に電流が駆け巡り、結論が導き出される。


「そうか、そうだったんですね!

 主人公はホモでした。ですが、身近に居たシスターのおかげでバイに目覚めた。

 ――つまり、選ばないことを選んだんです!

 性別も、相手も選ばない! これが答えです!!」


 尺は「だから最初に言っただろう」と不満げに呟くも、この結末には納得した。

 なろうだから全員、という安直な導出ではない。

 作中で示された要素。そして作品を最も強く表現するタイトルが、この結末を納得できるものにしているのだ。

 会員一同、小山の結論にもはや異論はなかった。


「皆さん、このたびのご協力、ありがとうございました!

 今回取り扱った作品の完結編については、近日中に展開したいと思います。

 それではこれにて、エターナルブレイカー終了とさせていただきます!」


 ホストから完結宣言が出されて、それぞれ荷物をまとめて退出していく。

 エターナルブレイカーは無事にその活動目的を果たしたのだ。

 小山も満足げな表情を浮かべ、用意した資料をスズキへと押しつけ処分を依頼すると退出した。


 残されたスズキは、資料とホワイトボードに書き殴られた議論内容を見て呟く。


「違うと思うなあ……」


 

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