第5話 女 心の行方 (ENDmarker)

「倫理の授業、終わったあ」


 彼。屋上へ来ている。


「あら。この後の授業は、いいの?」


「いいのいいの。あなたのおかげでなんとかなったし、次は自習のはずだから」


「そう」


「ディスカッションがね、うまくいったよ」


 彼。こちらの隣に座り。


「生きる理由は運動ですって言ったら、みんな、しんとしちゃって」


 それは、そうだろう。


「でも、運動が好きだから、運動して身体を動かすと、気分が晴れ晴れとするから。生きる理由なんだと思いますって、言った。そしたら、なんかほめられた」


 とてもよい。直情径行は、美徳。


「よくできました」


「へへ」


 彼。


 頭を撫でられて、嬉しそうにしている。小動物のようで、愛おしい。


「ごほうびに、いいことを教えてあげましょうか」


「いいこと?」


 彼。わくわくした、目付き。


「明日の学校を、休みなさい。いいことがあるわ」


 その目が。


「そうか」


 小動物から、男の眼に変わる。それも、強い意志を持った、男の眼に。


「爆破は明日で、場所はこの学校か。良いデモンストレーションになるな」


「何を言って」


 撫でていた手を。


 掴まれる。


 そのまま、逆にねじられて。


 簡単に、制圧された。


 背中に、彼の膝が食い込む。


「動くな。動くと呼吸が止まって、つらいだけだ」


「ずっと、狙ってたの?」


「ああ。俺の親の尻拭いを、せにゃあならんからな」


 彼。声までも、別人のような感じがする。多くの場数と経験を踏んだ、格好いい男の声。


「この前の崩落事故も、俺が止めた。そして、これが、最後だ。ようやくこの街から、わけのわからん殉教者テロリストを一掃できる」


「好きよ。わたしは。あなたのことが」


「俺も好きだよ。頭を撫でられたとき、ちょっと、どきっとしたな」


「放して、くれるかしら?」


「爆弾をしかけた場所と爆破の段取りを言え。それなら腕は放してやってもいい」


「いやだと、言ったら?」


 背中に少しだけ、圧が掛かる。


「このまま背骨ごと圧迫して、心臓を潰す。その後で学校を封鎖して、警察や他の正義の味方と組んで地雷除去だ」


「そう」


「おまえの他にもう殉教者はいない。お前が死ねば、すべて丸く収まるというわけだが」


「全部お見通しね」


「でも、殺したくはない」


「好きだから?」


「そう。好きだから」


「爆弾はガラス固化体を加工したもの。わたしの胸に挟んである。衝撃を与えると爆発するの」


 彼の腕が。背中に当たっていた膝が。離れる。


「大丈夫よ。これぐらいの衝撃では爆発しない」


「そうじゃない。おまえの胸に手を突っ込んで取り出すのが、はずかしいんだ。出して寄越せ」


 胸に手を突っ込んで。それを、取り出した。彼に見せる。


「これを投げるために、屋上にいたってわけか」


「そう。屋上からこれを投げ捨てれば、全部終わり」


 それを。


 放り投げた。

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