『曖昧ミー』
作:蜜売家屑音
「ねえ、この前のお話、また聞かせてくれないかな……?《一緒に同じ夢を叶えよう》っていう話。あ、違うの、忘れちゃった訳じゃないよ!!私もちゃんと覚えてる、ゆうくんが言ったこと。ただ、あの時の話、またしてほしいなっていうお願い、なんだけど……。"私"にとって、ゆうくんに《一緒に同じ夢を叶えよう》って言ってもらえたのは、きっと、今までの人生で一番幸せな瞬間なんだろうなって思うんだ。私なりにも、《自分にとっての幸せ》ってなんだろう?って、考えてみたりしたんだけど……。美味しいものをお腹いっぱい食べることとか、お金持ちになって世界中旅行することとか、あとあと!!一日中ふかふかのベッドで眠ることとか!!どれもみんなすっごく幸せなことだと思うけど、でも、そういう《幸せなこと》をね、ゆうくんと一緒に出来ることが、私は一番、《"私たち"が幸せになること》に大事だと思うんだ。だからゆうくんも《一緒に同じ夢を叶えよう》って、そう言ってくれたんでしょ?それが、私と、ゆうくんの、一番の幸せ、だってことだよね?だから、"私たち"が幸せになることが、"私"の、幸せ、なんだ。だから、ね?"私"のためだと思って、あのお話、また聞かせてくれないかな」
「……え、えぇーと……あのね。うん……本当、ちょっと僕、その、何を仰っているのか分からないというか、その……人違いな気がすると言いますか、ちょっとその……僕はあなたに何か言った心当たりがないんで……すみません……」
「あぁー、ちょっとー!!……ちぇー。逃げられちゃったー。こっちは真剣なのに」
「……あのさぁ」
「ん?どうしたの」
「そのさ、自分のこと"私"っていうの、ゆうくんの前では一旦やめてみない?」
「え、なんで?私は"私"じゃん」
「まあね?そうだよ?確かにそう、なん、だけど。『私たち』は、"私"ではないじゃん?」
「えーだって。ゆうくんから見たら『君』も"私"だよ?」
「そうなんだろうけどさ。『私たち』っていうのは、あんまり自分たちの個性強くない方がいいと思うんだ」
「えーでも……外から見れば私の行動っていうのは全部"私"としての行動になる訳だから、こうやって私が"私"としていることは別に問題なくない?」
「ア゛ア゛ア゛ーすごくずっとややこしい!!!どの『私』が、どの『私』?」
「……はぁ。やっぱり『私たち』って、『あいちゃん』にはなれないのか」
「当たり前じゃん、『あいちゃん』じゃないんだから!!それに『私たち』ってのも、変にごちゃごちゃしないように呼び分ける名前付けようってこの前話したじゃん」
「なんでそんなめんどくさいことしないといけないの?」
「そりゃ、『私たち』が『あいちゃんの副人格』だからだよ」
「……それってそんなに重大なこと?」
「重大でしょうがッ!!だってね、あいちゃんとゆうくんが《一緒に幸せになる》ってのは《あいちゃんの人生における幸せ》!!そもそもあの事故が起きるまでは『私たち』って存在すらしてないよ、だから私たちってゆうくんにとってめちゃくちゃ他人なんだわ」
「で、でも!でも!!同じ身体だからこそ、『私たち』は、《あいちゃんとゆうくんの幸せ》を叶えたいわけで」
「でもね、『私たち』ってのは身体が同じなだけで『別人』なの。つまり『私たち』が表に出てる時外から見えるのは『様子がおかしいあいちゃん』になるわけ。そりゃ混乱もするでしょ」
「た、確かに、それは……私たち、あいちゃんとはまるで別人なのに、外から見たらあいちゃんなのか……。確かになんかすごく怖そう」
「怖いかはともかく、絶対に不気味ではあると思うんだ」
「うーん……。じゃあ!!あいちゃんの副人格の2人でしょ?私が『まい』で君が『みい』、でそう!?」
「『アイマイミー』……覚えやすいけど単純すぎでは?」
「分かりづらいよりずっといいよ!!ただでさえ外から見れば私……えっと、『まい』、も『みいちゃん』も『あいちゃん』な訳だから、凝った名前つけてややこしくなるよりずっといいじゃん!」
「さっきまであんなにくどいこと言ってたくせに急に分かったようなこと言うね!?……まあ確かにまいちゃんの言う通りだけどさー。ていうか!!こうやって、えーっと『まいちゃん』?がゆうくん混乱させるのは私たちの目的じゃないでしょ。そろそろゆうくんとちゃんと話せるようにしないと駄目だと思うんだ。ちゃんと方法考えよ」
「そっそうだよね、みいちゃん!!」
「……な、名前で呼ばれるの慣れないというか小っ恥ずかしいというか……」
「みいちゃんが提案したんじゃん!!」
「でも名前つけたのはまいちゃんじゃん!!いや、そうじゃなくて!!ゆうくんが話も聞いてくれなくなったら《あいちゃんに元気になってほしい》っていう私たちの願いも叶わなくなっちゃうでしょ」
「うん……あいちゃん、あの事故の日からずっと引っ込んじゃってるもんね……」
「あいちゃんにまた生きる活力?的なのを取り戻してもらうためには、やっぱりゆうくんの力が必要だと思うんだ。だからちゃんと、ゆうくんに、〖私は副人格の『まい』で、『まい』として、ゆうくんにお願いがあるからこうやって会いきた〗って、そこから説明からするべき」
「で……でも……ゆうくん、いきなり『恋人が多重人格』って言われて、もっと混乱しちゃわない?」
「すでに混乱はさせてるからそれを解消しようっていう話なんだ!!」
「ぇ……私そんなに変だったかな……?」
「変というかさー。じゃあひとつ質問いい?」
「うん、いいけど……」
「そもそもゆうくんが言ったのって《一緒に夢を叶えよう》とか、そういう話だったっけ?」
「え、えーと……それは……ちょっと、なんか……私の方が照れちゃって、ちゃんと口に出すのが恥ずかしいから、さ……。で、言葉を言い換えしてたら、ああなっちゃった」
「さっきの感じでまいちゃんが言ってる内容だと当のゆうくんに全く何も伝わってないと思うんだよ。《夢を叶えよう》とか《幸せになろう》とか、そういうとこだけ切り取ってるからだと思うんだけど、なんかものすごく怪レい團體の人みたいになってる」
「アウアウ……勧誘とかしてきそうな感じ……?」
「うん(断定)。しかも目の前にいるあいちゃんがまるで雰囲気が違う別人みたいになってるせいで余計怪レさが増してると思う」
「や、やっぱりそのまま……言うべき……?」
「絶ッ対そのまま言うべき」
「じゃ、じゃあ!!そのまま言おっか……!!こっこの前のお話の続きッ!!まッまたたった聞かせてほしいナ!!ゥあ、あの、けっ、けけけけけ結婚しっ!しようっていうハッ」
「どうしたどうした」
「その……中断しちゃったプロポーズをこっちから切り出すってその……勇気要らない?それに私はプロポーズされたあいちゃん本人じゃないしぃ……」
「え、そういうとこだけあいちゃんじゃないこと意識する?いや、ね?この前の事故があって、そんで私たち副人格が生まれて、私たちがこうやって表に出てくるようになって、代わりに『あいちゃん』っていう《主人格》自身は事故のショックで表に出てこないで引っ込むようになっちゃって、それでまいちゃんはあいちゃんの身体を借りる形で、ゆうくんにプロポーズをもう1回してもらって、あいちゃんに聞かせてあげようとしてるって、思い出してよ?怪しいセミナーに勧誘してる訳じゃないんですわ」
「それはそうだけど……私がゆうくんと付き合ってた訳じゃないからゆうくんの前でどうしたらいいかわかんないよぅ……」
「だから説明しよって言ってるのォーっ!!まどろっこしいわ!!なんかもうさー、とびっきりいい場所セッティングしてさー、そこでゆうくんと会おうよ」
「場所……?ってどんな?」
「例えばそうだな、景色のいいレストランとか、ちょっと高いホテルのレストランとか、あ、あとそんなに有名じゃないけど実力が確かな隠れ家的レストランとか……」
「お、お腹空いてる……?」
「なんかゴメン、《プロポーズはレストランでするもの》っていう固定観念が消えない」
「ゆうくんがあいちゃんにプロポーズしたのは、公園だったよね……?」
「そういえばそうだわ……ってそれじゃん!!あの公園だよ!!高台の夜景が綺麗な公園でしょ!?あそこに行くべきじゃん!!そうすれば、……多分それだけでも、"様子のおかしいあいちゃん"が何をしたいのか、ゆうくんにも察しがつくと思うんだけど」
「確かに……!!あ、……でも、あいちゃん1人で行くのは危なくないかな……?あそこ、人少ないし、今暗いし、足場も悪いし……」
「それは確かにね……ゆうくんにちゃちゃっと説明して、さっさとプロポーズの言葉聞き出せれば!…………って感じだけど」
「そんなにお手軽に出来るかなぁー……。でも!絶対にゆうくんとお話しないとね。ゆうくん、さっき行っちゃったところだし、まだ近くに居るんじゃないかな?追いかけよ」
「追いかけるまでもないよ……」
「あっ……!!……ゆうくん」
「ずっと聞いてたよ。僕の知ってるあいとは様子が違うから何かと思ったけど、黙って見てたら声色変えて1人で会話して。人が少ないところでやりなよ」
「ち、違うの!!……えっと聞いてほしいんだけど……。私は『あいちゃん』じゃないの……。今まで混乱させてたよね、ごめんね……。私は、ゆうくんが事故に遭って、ショックを受けた『あいちゃん』に生まれた、副人格。私は『まい』で、もう1人、『みいちゃん』がいて」
「『アイマイミー』……自分たちでその名前つけたの?」
「ただでさえ『あいちゃんの見た目をした別人』ってだけでややこしいでしょ?凝った名前つけて余計なこと考えさせちゃうのはよくないなって、思って……」
「確かに覚えやすいけど、単純だな……」
「ェヘヘ……みいちゃんみたいなこと言うね……?」
「確かにくどいよりはいいのか……?……で、いま喋ってるのが、『まい』?」
「うん。そうなの」
「"僕"は『あい』にプロポーズをしたんだ、『君』にしたんじゃない。それに、……『僕』にはもう、『あい』を幸せに出来ないから」
「なんでそんなこと言うの……?」
「人格が分裂するほどに深い心の傷を一体誰が治せるって言うんだよ!?」
「ゆうくんしか居ないよ!!」
「『あい』が幸せになるために!!『僕』は何も出来ないんだよ」
「いやさぁ……。あ、えっとみい、ですけど……初めまして?じゃないか。えっとさー。確かに、自分で選んだ場所でプロポーズした直後に石に躓いてすっ転ぶ……ってめちゃくちゃ恥ずかしいことだとは思うけどさ……そんな後ろ向きなこと言ってないで、『あいちゃん』を助けるんだって思って、もう1回プロポーズしてほしいんだけど」
「……まあ……そんなに言うなら、分かったよ。でも、"僕"がこの言葉を伝えたいのは、『まい』でも『みい』でもなくて、『あい』、君だからね。
……あい、僕と君と付き合ってから、もう6年も経ったよ。僕はミュージシャンになる!!とかそんなこと言ってたけど、まあそんなのは子供の頃に見た夢みたいなものでさ。僕にはそういう非現実的な夢じゃなくて、もっと、大切な夢が出来た。あいと、ずっと一緒に居たいっていう夢。あいと、一生幸せに暮らしたいっていう夢。
……あいに、もっと寄り添えたら、"僕"は何より幸せ、なんだけど……。
あい、僕と幸せになろう。僕と、結婚しよう」
「うん、もちろん。もちろん……!!私もずっと、ゆうと一緒に居たい。私、ずっとずっと、その言葉を待ってて……!!……待って、て……。あれ……?ゆう?ゆうってば!!もう……どこ行っちゃったの?もう暗いんだよ?また崖みたいになってるところで転びでもしたら、今度こそ洒落にならないでしょ。ねえ。ねぇ……。ゆうってば……。一緒に幸せになろうよ……?一緒に幸せになりたいよ……!!ねえ、ねえ!!……ゆう……。どうして《いつも》いなくなっちゃうの……?あ、あれ……?今プロポーズしたのは、……"私"?"私"にこの言葉をまた聞いてほしかったの!!本当に行き当たりばったりだったから、私が言わないと今のプロポーズのやり直しの言葉、絶対に聞き出せなかったでしょ。そして、プロポーズに応えるのは、『私』……?ぜんぶ確かに"私"の行動、だった、けど……どの"私"が、どの"私"?」
【追記】
2020.8.31 『さなぎ寄席』
https://youtu.be/cSi3URmWm3E
演:ゆかし家ゆかり(声:蜜売家麻薬)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます